アマゾンが本拠地シアトルの大学街に開店したリアル書店は、米国で大きな話題になっているが、まだそれが本質的に何であるか、答えは出ていない。この会社の場合、印象や常識で判断してはいけない。見えている部分は(大きなシステムの)一部であり、過去の実験の延長であり、現在と将来のプロジェクトと連携しているものだ。
ユーザーとアマゾンは何を体験するのか
アマゾンはこれまで、実店舗を何度か限定的な目的で開設したことがあったが、販売を行う常設店舗はなかった。今回も鳴りものはなく、何か「画期的」なものとして発表しいるわけでもない。アップルのようなスタイリッシュな「ブランドショップ」でもなく、またかつての大型書店のような「知の殿堂」を気取ったものでもない、各種レポートを見が、印象はひどく地味にも見える。しかしこれがアマゾンのスタイルだ。シアトル・タイムズ紙(ST, 11/02)の記事と写真によれば、販売しているのは書籍と雑誌、それにアマゾンのガジェットやアクセサリ。本はアマゾンの高評価本(☆4個以上)を中心とし、レイアウトはよく整理されている。在庫は置かず、オペレーションは完全にデータに依っているという。昔ながらの本好きが行きたくなるところではない。
普通の書店と一見して違うのは、商品展示の仕方で、各タイトルごとにアマゾンの商品レビューの断片とともにタグが示されている。(「Amazon.comと同じ」とある以外)価格表示はない。スマートフォンのカメラ+専用アプリを使って、来店者はその場でオンラインストアから価格や書品情報を知ることが出来る。自分のアカウントでログインすれば、会員プロファイルや過去の履歴と連携させて推薦し、価格を提示する。なぜ価格は最初から表示されないのか? じつは来店者に価格を照会させる目的は、個別の顧客に応じた価格提示を行うためとされている。販売時点での価格提示は、日本では考えにくいが、米英市場の印刷本に関しては理論的に可能だ。とくに「このタイトルとの組合せならいくら」という、新しいUXが体験できる。もちろんこれはオンラインで可能なことだが、時間・空間を限定したリアルで実現(実験)することには別の意味があると筆者は推測している。
失敗したFire Phoneの再挑戦か迂回か
それは書店(あるいは小売店舗)を含めた「体験の場」である。アマゾンが考える体験は、簡単に実験できるものではない。これまでに存在しなかっただけでなく、内部で行われてきたはずの「被験者」を使った行動科学的、心理学的実験では十分でなかったものである可能性が高い。筆者はアマゾンが追求しているのは、以下のようなことだと推測している。
(1)顧客の購買行動(モバイル)をアマゾン・クラウドと連携させる、
(2)徹底してパーソナル化、アドホック化された推薦・提案プロセスを中心とする、
(3)購入・決済がどこで行われるかは問題ではない、
モバイルを使った、ストアでのシチュエーションは、もちろん失敗したFire Phoneを想定してデザインされたものだろう。周知のように、Fire Phoneは昨年7月に登場し、年末には失敗を認め、1年あまり販売を継続して在庫を整理した。FPは端末のカメラに映したものを検知してAmazonの販売ページを開く「Firefly」などのユニークな機能を搭載していた。これはもともとスマートフォンではなく、電話付のショッピング・デバイスであったと筆者は考えていた。こうしたコンセプトを理解してもらうのはかなり難しいが、いつも慎重なアマゾンがかなり雑なプロセスで商品化してしまった。おかげで、今年には着手できていたはずの「モバイル・ショッピング」プロジェクトは1年以上の遅れを余儀なくされたであろう。ではこのストアはFire Phoneなしの「モバイル・ショッピング」なのだろうか。◆ (鎌田、11/10/2015)
参考記事
- Amazon's Retail Store Has Nothing To Do With Selling Books, By Rob Salkowitz, The Forbes, 11/04/2015
- Amazon Opens a New Chapter in its Retail History, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 11/02/2015