オーディオブック (A-Book)は米国の出版ビジネスで最も高成長な部門だが、MarketWatch (Jeremy Olshan, 12/09)は、これが活字版を部数・売上で超えることが珍しくなくなってきたという記事を載せている。E-Bookを印刷本に従属させようとする発想と同様、声を活字に従属させる発想も時代遅れになっている。しかし、出版社はまだ気がついていないようだ。[全文=♥会員]
著者がナレーターを、ファンがナレーターを選ぶ
「E-Bookは忘れよう。これが読書の未来だ」「オーディオブックが印刷を上回り始めた」という見出しは、典型的な“クリック稼ぎ”だが、つられて読めば内容はまともなもの。つまり、A-Bookが印刷本より売れるタイトルが目立ち始めたという傾向的事実のレポートだ。Audibleによれば、中には活字版の4倍近く売れるものもあるという。しかし、ジャンルなどを見ても、どういうタイトルが成功するか、という明確なパターンを見出すことは困難なようだ。記事は個々の事例をフォローする。
行動経済学のリチャード・セイラーは、最近の講演で、彼の著者の読者より「聴者」が多いことを知って驚いたというが、話術も巧みな彼の本を、読むより聴きたい人が多くても不思議ではない。一般社会人は参照、引用したりする必要が乏しいので、活字を手元に置くより、難解な内容を楽しく伝える声に耳を傾けたくなる人が多いのは当然かもしれない。しかし、そうしたことはこれまで真剣に考えられてこなかった。
サスペンス作家のアンドリュー・ピーターソンが処女作 “First to Kill”を出版した時は、出版社が乗り気ではなく、彼自身が自弁して斯道の達人である「黄金の声」ディック・ヒルに朗読を依頼した。著者は彼の声を思い浮かべながら執筆しているという。「彼の声には何か特別のものがあり、間違いなく世界的なナレーターだ。彼以外にはないと考えていた。」というだけあって、A-Book版は他のフォーマットの4倍を売る大成功となった。ヒルには固定ファンも多く、様々なジャンルの朗読を探して読むという。ピーターソン本の成功は、とくに彼が多くを朗読している英国の推理小説家リー・チャイルドのファンが買ってくれたことが大きいようだ。
「声優による成功」というパターンを発見したAudibleは、有名俳優をナレーターに起用している。ジェイク・ジレンホールが『グレート・ギャツビー』を、ティム・ロビンスに『華氏451』といった具合。しかし、有名人であればよいわけではなく、著者で成功する場合もある。邦訳がある『パーソナルMBA』(Joshua Kaufman)もA-Book版が3倍売れたが、この場合はカウフマン自身の語りが成功した。「長い間、出版界はオーディオブックを活字に従属するフォーマットと考えてきたが、いまでは多くの人にとって主要なものと考えられるまでになって久しい」と著者も言う。
デジタルで復活した声の力
MarketWatchの記事は、A-Bookの成功事例を追ったものだが、このフォーマットに注目した数字も得られるようになってきた。今年84点を刊行したNew Street Communicationsのエド・レネハン氏は最近のMediumへの寄稿で、同社の売上構成について、E-Bookが42%、印刷本が32%、A-Bookが26%と述べ。5年間の傾向では印刷本が減り続けていると述べている。ちなみに今年は25%の増収となったという。また、ナレーターがA-Bookの仕事で食べていけるようになったという話も聞かれる。The Digital Readerのネイト・ホフェルダー氏は、A-Book版がオリジナルなフォーマットとして認知される可能性にも言及している。A-Book→E-Book/P-Bookという方向は、落語や講談、漫才など、話芸の世界のことを考えればまったく自然なことだ。講談社の社名は、講談から活字へという由来を示しているが、自由にメディアを行き来できるデジタル時代には、そこを逆にたどることもできるのだ。
米国では1世紀の歴史があるA-Bookだが、デジタル化されて専門のストアの利用が普及し、書店との関係が希薄となったことで商品としての独自の価値が認識されたものと見られる。もともと本は朗読者を通じて受け容れられてきた長い歴史があり、ラジオの全盛時代は朗読が重要なコンテンツで、出版のプロモーション手段でもあったわけで、A-Bookの普及はそうした歴史的体験の復活と考えることも出来る。目の不自由な人は少なくないし、耳で聞くほうが楽しいというのも自然だろう。A-Bookが長らく低迷し、日本ではほぼ断絶に近い状態だったのは、出版業界があまりに印刷本に慣れ過ぎてしまい、黙読こそ読書であるかのような錯覚を広めてしまった結果だと思われる。
デジタルは、印刷物として綴じられ、糊付けされてしまった本と読書をリセットしている。人々は黙読一辺倒の読書習慣を変えつつある。A-Bookはその一例だ。著者は出版社より先に、その可能性に気づいている。そして朗読者も受け身ではない。デジタルは活字を相対化した。インターネットはメディアとしてのテレビを相対化し、ラジオを復活させた。朗読者がタイトルを選び、著者が朗読者を、デザイナーを選ぶ、そしてファンがそれらの組合せを選ぶ、といった形は、本/出版に新しい可能性を開くものだ。いうまでもなく、出版社がイニシアティブをとらない限り、そして書店偏重を捨てない限り、この世界もアマゾンが圧倒することは避けられない。◆ (鎌田、12/10/2015)
参考記事
- Forget e-books, this may be the real future of reading, By Jeremy Olshan, MarketWatch, 12/09/2015
- Audiobooks Have Begun to Outsell Print (and Why), By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 12/08/2015
- Legacy Publishers Still Don’t “Get” The Future, By Ed Renehan, Medium, 12/08/2015