久しく米国書店業界に君臨してきたバーンズ&ノーブル(B&N)の衰退が顕著になってきた。最近の決算について、CNNは「アマゾンに潰された」とまで言った。これは普通ではない。本誌はもっぱらデジタル部門のNookを中心に見てきたのだが、どうやら本質的な問題はNookよりむしろ本体(書店チェーン)のほうにあったようだ。[全文=♥会員]
「モバイルと近所」が消費の最新トレンド
結論(仮説)を先に言うならば、自家用車を前提にした都市近郊の大型店舗という業態そのものが、オンラインと近場の独立系店舗の両方から侵食されており、その最大の原因はライフスタイル(消費行動)の変化、あるいは行動範囲の縮小による。オンラインのほうはアマゾンのせいにできるが、消費者のほうはどうしようもない。これまで前者のほうはメディアで取り上げられ、人々にも実感されてきたが、後者は従来の常識とは相反するものだったので、認知されるのに時間がかかったと思われる。昨年ごろから米国ではスーパーや大規模店、ショッピング・モールの不振が目立ちはじめ、今年のクリスマス商戦(ブラック・フライデー)で最終的に確認された。やはり消費は「モバイルと近所」に勢いがあるのだ。
そして本もその事例の一つに過ぎない。都市の独立系書店への顧客の回帰は、オンラインからではなく、大型店からの移動だった。ニューヨーク・タイムズや出版関係者が狂喜した「印刷本の復活」はB&Nなどに行っていた顧客が近所の書店に立ち寄るようになったという現象に過ぎなかった、というのが筆者の見立てだ。そしてこれはベストセラーを武器とする大手出版社にとって深刻な事態だ。というのは、ベストセラーは大型店が大量安価に仕入れ、卸値近い価格で売り、そのことで価格競争力のない独立系を圧迫していたのだが、大型店の衰退は、価格選好の強い消費者をさらにオンラインに向かわせることでもあるからだ。
出版社にとっての宿敵でもあり強力な販売力を持ったパートナーでもあった大型店は、いま落日を迎え、郊外店を中心に店舗数を縮小している。独立系書店は業態としての生存能力があっても販売力が限られ、大型店の減少を受け止めきれない。AAPの販売統計におけるハードカバーの販売縮小の背景には、上述した流通構造の変化があったと思われる。皮肉なことに、E-Bookは市場を無視した価格政策によって成長の機会を失って失速し、旗艦であるハードカバーは、価格統制の利かない市場で降下しているということだ。
“犯人”はアマゾンではない
都市における書店の減少を危惧しているのは、むしろアマゾンのほうだ。書店とオンラインの相互補完性を(数値的推移を含めて)知悉しているアマゾンは、自らハイストリートに店舗を開設してまでその関係を守るしかないと考えたのだろう。いわゆる「唇歯輔車」は、片方が失われれば、もう一方も機能を果たせなくなるという関係を意味するが、デジタル時代における各種チャネル、各種フォーマットはすべて競合ではなく補完の関係にある。なぜかと言えば、本がデジタル・メディアと競合したら、とくに読書を習慣化していない層で大きなダメージを受けるからだ。本の独自性を守ることは、アマゾンにとってビジネスモデルの根幹にかかわる。信じられないかも知れないが、書店についてアマゾンは本気で心配している。そしてすべての大都市にアマゾン書店を置くような事態は望んでいないに違いない。
筆者はかねてNookの不振がB&Nのデジタル戦略の迷走(欠如)にあるのではないかと疑ってきた。最大の書店のデジタル事業は順調なスタートだった。オンラインに後れて破綻したボーダーズ(90年代で最も成功した書店チェーン)の轍を踏まないという意思も行動も断固としたものだった。
アマゾンと同じく(あるいはそれ以上に)優良な顧客(=旺盛な読書家)を擁していたB&Nが始めたオンライン書店とNookは、多くの人々の期待を受けてすんなりと先行したアマゾンの2番手に付けた。談合認定を受けた大手5社(当時6社)の定価販売という後押しを受けただけではない。初期の成功は、多分に最大書店への消費者の期待によるものだったと考えるべきだろう。しかし、B&Nはむしろオンライン+デジタルの成功に怖れを抱いたと思われる。市場が最も成長した2012年以降、オンラインとデジタルの連携を後退させてNookを分離し、評価の高かったデバイスの製品の立上げで失敗し、オンラインストアのUI更新で失敗し(続け)たのも、基本的にはオンライン+デジタルを忌避したのだとしか思えない。
B&Nは2012年以降、Nookを分離し売却することしか考えなかった。Nookは急速に高度を失い、同時に売却の機会も失われていった。同社は「本体」の書店事業は健全であると見せることに腐心し、不採算店の整理、玩具などの拡大に力を入れたが、結局オンラインと書店との連携はもちろん、オンラインの整備にも失敗し、業績は悪化していった。名経営者として知られたレナード・リッジオ氏も往年の判断力とリーダーシップの冴えを見せることがなかった。現在の同社について、具体的な説明は省くが、シャープや東芝と同じ、「進もうにもに進めず、戻ろうにも戻れない」常態であることは間違いない。株価は今年60%も下落した。
出版界はまだデジタル転換に対応していない
Book Business (12/22)のコラムでキャレブ・メーソン氏は、「危険レベルにまで低下した営業キャッシュフローと負債の急増からみて、倒産保護申請は一般に考えられているより早くなるだろう」と予想している。そして、少数のベストセラーに支えられた現在の大出版社のビジネスモデルの継続は困難になり、B&Nが800ポンドのゴリラ(森の王)として君臨してきた座はアマゾンが継承するが、独立系の書店も(ボーダーズ倒産時のように)多くを得るだろうと予測している。そして「大出版社はB&N抜きの経営計画を持っているのだろうか」と問いかける。
B&NやBAM、すでに消えたボーダーズのような業態は1960年代の流通革命の流れに乗って米国で生まれ、1990年代にピークを迎えた。「最大の品揃え」この大型店モデルは、その後英国や大陸欧州、そして日本にも普及し、程度の差こそあれ出版社の経営に大きな影響を与えた。ビッグファイブのような、グローバルなメディア・グループ傘下の巨大出版出版社と無数の伝統ブランドという、異様としか思えない姿になってしまったのも流通の大型化の結果だ。さらにその背景には「行動範囲を拡大する消費者」という社会があった。どこまでも拡大し続けると思われてきた時代は、たぶん20世紀とともに終わった。「近所とモバイルデバイス」という極小化された消費行動は、社会がそれに最適化される最低1世代の間、大きな影響を与え続けていくだろうが、出版はどうなるだろうか。
日本の出版界は米国モデルを追って「再販制」の前提を空洞化させていった。その大型店も大手取次や大手印刷会社の支援(傘下)で生き延びている状態であり、出版のサプライチェーンとしては成り立っていない。メディアとしての本が社会の転換に追いつけず危機にある時に、紙だ電子だ、オンラインだリアルだと言っているのは現実離れしている。昨年末、米国の出版界はデジタル転換を乗り切ったことに安堵した。2016年にはそれが束の間の幻想であったことを知るだろう。B&Nの運命は日本にとっても対岸の火事ではない。 ◆ (鎌田、12/24/2015)