直販が中小出版社や自主出版者だけの動きなら、多くの人は「想定内」と受け取るだろう。書店は中小出版社にきめ細かい対応をする余裕をなくしている。しかし、大手についてはどうだろう。じつは大手こそ、直販を本気で考えていると考えられる。情報=紙というフィクションはとうに信じてはいないし、「アマゾン以後」を準備しつつある。[全文=♥会員]
E-Book市場「凍結」にみるアマゾンへの危機感
今日、フランス系のアシェット社を除き、ビッグファイブ(B5)のほとんどは直販サイトをテスト的に更新している。まだ本格的なものではないし、経営者も書店との競合と受け取られないよう細心の配慮をしているが、実際にはシステムは完成し、試運転の段階に入っている。あとはどのようにビジネスモデルとして機能させるかという歴史的課題が残る。
本誌は、2015年をもってB5がデジタル戦略を転換し、それによって市場が不安定な局面に入ったと考えている。つまり、E-Book価格の大幅引上げと、それによる市場の停滞(あるいは自主出版のシェア増大)であるが、その前提となった現状認識は、以下のようなものであろう。
- アマゾンの優位は戦略的なもので、二番手以降が対抗勢力となる可能性はない。
- 出版コンテンツ/流通がデジタル優位に転換する速度は出版社にとって危険である。
- アマゾン優位のもとでのデジタルの成長は、長期的に有害である。
- 紙とE-Bookは(アマゾンのように)統一的に販売される必要がある。
その上で、B5はデジタルを敢えていったん「凍結」する措置をとったわけである。これは筆者の予想を超えた、かなり無謀なものだが、それだけ「アマゾン主導のデジタル」への危機感が大きかったことを示している。しかし、B5の経営者は、いつまでもこの状態を継続していられると考えているわけではない。機動戦の大家である“ナポレオン”ベゾスの進軍速度を鈍らせ、食い止めるための苦肉の策だ。ではその後にどんな策を用意しているのだろうか。
B5の「脱アマゾン」シナリオ
B5体制が成立したのは、B&Nやボーダーズなどの大型書店チェーンが成長し、(仕入)価格交渉力を強めた歴史的傾向に対応している。流通の巨人を封じるために、出版社は1970年代以降、次々とメディア・グループの傘下に入り、異常なまでの寡占が成立した。この動きはなお続いており、名のある出版社はB5のもとでブティック化している。B5はそれぞれ数百におよぶブランドのマーケティングと流通を集約しているが、それは書店に対しては有効であっても、単独で大きな販売力を持つアマゾンに対しては限界がある。とくに印刷本の小売価格を統制できないから、シェアは拡大する一方と見られる。かつてB5を悩ませたB&Nなどは、逆に店舗数を減らして防戦一方。「印刷本への回帰」などに期待しても仕方がないことは彼らが最もよく知っている。ではどうするのか。
B5は「アマゾン以後」のパラダイムはあり得ると考えている。アマゾンは、書店から出発し、著者と読者をつなぐ線上にあるサプライチェーンを統合し、出版社とリアルの書店を包囲するまでになった。B5は後者の没落は回復不能であり、運命は託せないと考えている。アマゾンに対抗する唯一の方法は、アマゾンになることだ。つまり、オンライン・プラットフォームとロジスティクスを持ち、E-Bookと印刷本を消費者に直販する体制である。これは書籍だけでなく、音楽、映像、ゲームも扱う可能性が強い。B5の母体はメディア・コングロマリットである。独自のプラットフォームのほかに、B5あるいは中堅出版社が連携できるクラウド・レイヤをつくり、ドイツのTolinoの出版社版を構築する可能性も少なくない。
B5が目ざすのは、「直販比率3分の1」「書店比率3分の1」、あるいは「アマゾン比率3分の1以下」といった数字だろう。出版と流通にまたがるB5の反アマゾン連合には、独禁法上の問題があり、形態が定まるまで紆余曲折がありそうだが、株価が低迷するB&Nも再編を迫られており、上場を廃止した米国第2位のチェーン BAM (Books A Million)との統合もあり得ない話ではない。自社プラットフォームで展開する体制を構築するには時間がかかるが、おそらく2016年中に立ち上げると思われる。新戦略が起動するまでの移行期は、消耗を減らし、著者と読者を繋ぎ止めておくことが求められる。現在の戦術的後退を、筆者は「焦土戦術」「肉を切らせて骨を断つ」という言葉で表現したが、いずれにせよ「反転攻勢」のタイミングと中身、戦力が問題になる。これは来年の出版市場の焦点になるだろう。◆ (鎌田、12/17/2015)