「ふつう」をつくるエコシステム

midle class11月26日号の記事「二極化する出版:(2)エコシステムの再生」で、「ふつうの出版社」「ふつうの書店」が生きられるエコシステムを願う趣旨を書いたところ、読者の方から「『普通』=大きな意味で停滞とも受け取れそうです」というご指摘をいただきました(全文は記事参照=公開)。重要な点なので、筆者の考える「ふつう」の意味について補足させていただきます。

「ふつう」のやり方では得られない「ふつう」

falling「ふつう」という言葉を敢えて使ったのは、皆さんと考えてみたいと思ったからです。もちろんこれは状態にすぎず、中身はコンテクスト(5W)に依存します。平々凡々ということなので、「いま・なに」を問うことで存在意義がある出版においては、話題的にはほとんど価値がありません。筆者も、若い頃は「ふつう」に、これが嫌いでした。

その筆者がいま「ふつう」を求める気持ちになったのは齢のせいばかりではありません。それは出版から「ふつう」が失われ、といってダイナミックに変身を遂げているわけでもなく、率直に言って非常事態―つまり新しい、確かな出版の仕組みが出来る前に在来のものが崩壊に至る心配が強くなってきたからです。ビジネスにおいて必要な「ふつう」とは、何より持続的に仕事が可能で、それを中心に出版社の経営や働く人々の生活が「まわる」秩序のことです。それがなければ、ビジネスとして続かないし、続かないもの、成長しないものには、人もおカネも集まりません。

今日では「ふつう」は得難いもの、有難いものとなっています。何をすればよいかが分からない、昨日のようにやっていても 新しいことをやっても不安という状態に、ふつうの人は長くはいられないでしょう(給料と退職金の保証があれば別です)。「ふつう」の再建は簡単ではありません、それこそ「ふつう」でないやり方でないと不可能なのです。とはいっても理がないところに安定は生まれません。それは事実に目を向け、目ざすべきものを再確認し、率直に議論し、考えることから始まります。それは業界のリーダーたちが忌避してきたことです。

日本の出版には、定価維持・返本自由を前提にした秩序があり、これが「ふつう」を護っていると信じられてきましたが、それが出版活動じたいを制約し(近年では)維持困難にしていたにもかかわらず、制度維持を自己目的とした発想から抜けられないでいたところに危機の本質があります。議論をタブーとしたために現実的でオープンな議論が出来ず、内部の足並み意識の強さから、集団がよろめけばパニックが伝染し、切羽詰まればいきなり「抜け駆け」や「超法規」に走る心理に陥る…これは今日の日本の至るところで起きている現象ではありますが。

新しい「ふつう」をつくる

business as usual出版産業からしだいに揚力が失われ、降下を始めて18年も経ちますが、最近はしだいに角度が大きくなってきました。相当な「ハードランディング」を覚悟する必要がありますが、ここは冷静に、たとえ不時着しても、出版が社会からなることはなく、いずれまた空を飛べる日は来ると達観したほうがよいでしょう。本誌はネイティブな若い人と一緒にデジタル時代の「ふつう」を再構築する方法を考えていきたいと思っています。旧いシステムは少なからぬ部分が修理不能で、それに執着することは無益ですが、こういう時代ほど、ほんとうに価値のあるものを見分けていく必要があります。

出版は社会の一人一人にとって価値ある情報・知識・知恵を訴求するものです。自己を再生産する程度の均衡すら維持する能力も知恵も出版にはないとなれば、出版の中身に価値があるのか、と世間が考えたとしても不思議はありません。出版人はやせ我慢をしてでも余裕でいなければつけ込まれます。売れる新刊本を図書館で貸出してほしくないなんていうケチなことを言いたい事情は余程のこととお察ししますが、これは「ふつう」でないと受け取られ、業界人以外は誰にも同情されそうもなく、されていいことはないでしょう。

reconstruction業界の有力企業は、すでに出版以外に活路を見出すようになっています。出版に未来はないと考えたのかも知れません。しかし、大手出版社が不動産業に転換しても、書店が本以外のものを売るようになっても、これは従来の出版のシステムが現実に合わなくなっており、出版物の価格、フォーマット、販売方法などが合わないということを意味するだけです。社会が出版を必要とする以上、新しい担い手は業界の内外から必ず出てきます。時代に最適な技術を使って、いずれビジネスモデルを軌道に乗せ、新しい「ふつう」が生まれるでしょう。従来の方法が通用しないので出版から撤退するという企業がいても仕方がありません。

筆者の関心は、その時に版権を中心とした近代出版と読書文化の遺産がうまく継承されるか、そして今日のまともな出版人が、なお活躍していられるかということです。活版革命の明治20年期には、木版からの移行は文字通り破壊的な形で行われ、旧エコシステムの担い手たちは歴史から姿を消しました。文字が変わり、日本語が変わり、読み方も、内容も変わりました。今回も、変化はゼロからのリセットになる可能性があります。私は同じように破壊的なことがあってほしくはありません。

新しい「ふつう」は、成り行きではなく、意識的に、試行錯誤しながらつくりあげていく必要があります。それが「ふつう」であるためには、価値あるコンテンツを生み出し、有効なかたちで社会に届けられるエコシステムが必要です。出版ビジネスはゼロから再構築される必要があります。何よりも絶望や無気力の蔓延を終わらせ、過去の遺産を継承して将来につなげるために。意欲と才能のある人材を惹きつけ、より大きな機会を提供できるシステム。それは必要な知識が吟味・定義され、、職業的スキルを磨く場があり、キャリアパスを描けるシステムです。出版・編集、デザイン、印刷・製本、販促・販売はプロフェッショナルの仕事であり、それらの仕事の中身はデジタル時代に最適化されなければなりません。
以上のようなことに、本誌が少しでもお役に立てれば幸いです。 (鎌田、12/08/2015)

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