オーディオブック国内市場の現状と課題:(2)概観

first step前回に示したオーディオブック市場への7つの視点をもとに、日本の現状と課題を見ていきたいと思う。長いブランクの後、スマートフォンとともに再スタートした日本市場だが、2015年には多くのベストセラーが登場し、プラットフォームの会員も増加して「元年」を感じさせるものとなった。消費者の関心、出版社の期待は高まっている。

1. 規模と成長性

日本のオーディオブック(A-Book)は、1980年代後半以降の「カセットブック」や「ドラマCD」などの先駆的試みとして始まったが、市場としては定着せず、最近まで(語学を除いて)細々と継続してきたに過ぎない。これが米国などとの大きな違いと言えるだろう。記憶媒体や再生装置の問題、ライフスタイルの問題ももちろんあるが、音読に対する「文化的ニーズ(意識)」が相対的に低いこともありそうだ。日本の市場は、主としてスマートフォンが普及し、デジタル再生環境が整備されたことで生まれた。米国では、パッケージからダウンロードへの比較的長い移行期間があったが、日本ではダウンロードからの再出発(あるいはリセット)ということだ。

FeBe_logoストア・プラットフォームは、2007年から制作を含むサービスを提供している(株)オトバンクFeBe (フィービー)があり、ほかにパンローリングの「でじじ」、トゥ・ディファクトのhontoパピレスなども小規模に販売を行っている。昨年はアマゾン系のAudibleが定額モデルでサービスを開始し、また米国に本社を置く図書館向けサービス大手のOverDraudible_logoiveを楽天が傘下に収めたが、まだ日本における方針は発表されていない。市場がなお揺籃期にあることは確かだが、そのなかでは、最も早くから手掛けているFeBeが大半を占めていると考えられる。

Digigi日本のA-Bookの市場について、精度の高い統計や調査はまだ存在せず、かなり大ざっぱな数字と、主要サービスへの加入会員数やタイトル数、利用実態などからベクトルの方向を推定することPanRollingになる。インプレス総研の「電子書籍ビジネス調査報告書」は、2010年版で前年の市場規模を「約10億円、利用者1万人」と推定していた。2015年時点では「約50億円」となっている(推定小売金額と思われる)。

オトバンクは昨年末(12/17)に発表した数字は、FeBeの登録会員数15万人、提供タイトル数1万5,000点としている。2015年7月以降、新規会員の増加ペースが約2.5倍になったとしている。それとともに利用者も「30~40代のビジネスパーソン」中心から、若年層 (10~20代)・高齢者層 (60代以上)を含む、バランスのとれた構成に変わった、とされている。直近6ヵ月間の新規登録者に占める女性比率は25%から50%に倍増した。利用頻度も高くなっており、過去1年間では「毎月何らかのタイトルを聴いている」ユーザーの比率が約4割に達している。

利用者の増加に寄与した要因として、同社は200万部以上のベストセラーとなった『火花』を含む文芸・娯楽作品の充実、印刷書籍にバンドルされ、A-Bookのダウンロードが可能なOTOCA(QRコード)の提供などを挙げている。

2. 市場開発

FeBe_ad2015年が「オーディオブック元年」として期待されたものであったかどうかは、まだ分からない。一世代の空白を置いて、デジタル時代にリセットされた形で再スタートした市場だけに、過去から継承できる素材が乏しく、成長市場として機能させるためのインフラがまだ脆弱である。あまりにもオトバンク1社に依存しており、このメディアに対するリテラシーが(活字信仰に凝り固まった)出版業界では低いし、「カセットブック」に取組んだかつての新潮社のようなパイオニアもいないからだ。しかし、創業時点からこのメディアに全面的にコミットしてきたオトバンクの存在は期待できる要素だ。

2015年4月に、16社の参加を得て発足した「日本オーディオブック協議会」は、(1)市場の把握・分析、(2)印刷・電子書籍との共栄、(3)著作者の利益・権利確保を掲げてインフラの整備に取り組むことになる。しかし、A-Book事業化を目ざす主要出版社の体制は、まだかなり遅れており、マーケティングのイニシアティブも「元年」を思わせるに十分なものではない。アマゾンAudibleの登場や、読書のバリアフリー化を目ざすマラケシュ条約は一定の刺激になったが、必ずしも内発的なものではない。上述の利用動向にあるように、プラットフォーム・サービスの会員が急増し、消費者の関心が増していることは重要なサインだが、外部刺激への反応がいかに空しいものであるかは、空振りの多かった「電書元年」を振り返るまでもない。

読者以前の消費者が関心を持つことがいかに貴重な機会であるかは、失われて初めて分かる。2015年が「元年」となるかどうかは、今年しだいというのが筆者の印象だ。消費者は待ってくれない。とくにデジタルコンテンツの消費者は、関心の対象を変える。つねに関心を引き戻す活動を定常化しないとメディアは定着しない。それはエコシステムを形成し、参加者がそれぞれ選択したビジネスモデルの上で、絶えず新しい市場開発の試みが繰り返される。

出版の主役は出版社であると考えられてきたが、デジタル時代には、主役は著者を含む出版者と読者としての消費者であり、その中間に生まれるサービス機会は完全にオープン化されており、誰でも参入できることはアマゾンが実証した通りだ。既成出版社は、著者の信頼、読者の期待に応える限りにおいて出版における重要な主体と言えるが、出版における「第一原因」などではない。「電書元年」が失敗を繰り返したのは、「失敗が許されない」(あるいは失敗しない方法が存在する)と信じ込んできた既成出版社や機器メーカーが主役として期待されたからだと思われる。筆者は「クリエイターと消費者の対話」としてコンテンツ市場を見ている。後半では、生まれかけたA-Book市場が日本で機能していくための課題と取組みを検討してみたい。(つづく (鎌田、01/14/2016)

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