ハイレベルなデジタル出版ソリューションを提供するInklingは1月27日、企業出版プラットフォームInkling for Enterpriseを発表した。クラウド・ベースの拡張コンテンツ出版ソリューションを教育系、商業出版系に提供して実績を積上げてきた同社が、Gapやロシュなどの大企業での実用化試験を経て、戦略的コミュニケーションに進出するもの。
HTML5が企業ドキュメントを21世紀の現実に移行
Inkling for Enterprise (I4E)は、企業向け戦略的コンテンツ管理=出版ソリューションで、プロダクト化した製品=サービスとしては最初のものではないかと思われる。I4Eは、PDFに替るInkdocsという、HTML5ベースのマルチメディア・ドキュメントにより、デバイス非依存でセキュア、高度な検索に対応するフォーマットを実用化している。すでに1年あまりのベータ・プログラムを通じて、出版社をはじめ様々な業種の企業で使われており、Gap Inc.、KPMG、Accenture、Rocheのようなグローバル企業も含まれる。
こうした企業の従業員や顧客は、スマートフォンやタブレットなどを身近なデバイスとしているのに対して、企業の多くはドキュメントをPDFや時にはバインダの文書として配布している。一般社会は21世紀に移行しているのに、企業コミュニケーションが紙をベースとした旧態依然を残したままなのは、過渡期の現象で、巨大な潜在ニーズが生まれていることを意味する。Inklingはこうしたニーズをとらえることに成功したと思われる。
Inklingの環境は、高度なクラウド・オーサリング・ツール(Habitat)、リーダ・アプリ (Axis)、対話型コンテンツ開発用SDK (Latitude)を中心としている。オーサリングやCMSに依存した旧世代のシステムよりオープンなので、大企業の導入にも向いている。例えば、これを拡張E-Bookコンテンツの開発・管理に使って、モバイル向け書籍、定期刊行物とすることもできるし、企業が顧客や従業員向けのマニュアル、カタログとして配布することも出来る。
教育系、商業系に続き企業出版に進出
同社は3年連続で3桁成長を達成するなど、出版系テクノロジー企業として成功の波に乗っているが、潜在ニーズが高い企業出版市場への市場によって、Inklingプラットフォームの拡大を目ざしている。同社は動的・対話的なドキュメント・システムの技術を背景に、iPadを環境とするソリューション、プロダクトで出発したが、拡張E-Bookコンテンツ市場の離陸が期待に反して遅れたために、出版プラットフォーム中心にビジネスを再構成した。本誌が創刊した2010年前後、拡張E-Bookには、Vook(現Pronoun)、Kno(インテルに買収)など多くの野心的企業が参入したが、いずれも大きな転換を経験している。
サンフランシスコに起業したInklingは、アップルに在籍していたマット・マッキニス現CEOら3人が、iPadの登場を前に、対話型教科書時代の到来を直感して創業した。拡張E-Bookの出版を目ざしていたのだが、コンテンツからテクノロジーに軸足を転換した(本誌でも度々フォローしている)。セコイア・キャピタルなどのファンドに支援されていたとはいえ、ベンチャー企業でこうした転換が出来た例は極めて少ない。創業者への信頼が厚かったのだろう。
当初の見込み違いにもかかわらず、HTML5ベースの「コンテンツ・プラットフォーム」として技術基盤を構築し、教科書以外にも、料理本やノンフィクション、旅行ガイドなど、様々な市場を開拓しながら、コンテンツの開発を通じて技術を洗練させ、John WileyやMcGraw-Hillなどの大手出版社の信頼を獲得していった技術力と経営は高く評価される( Inc.誌が選出する500社リストに2年連続で掲載されている)。なお、現在で拡張E-Bookの新規出版は行っておらず、ソリューションとサービスの提供にフォーカスしている。
Inklingが進出した企業出版(enterprise publishing, EP)については、別の記事で取上げる。 ◆ (鎌田、02/04/2016)