米国E-Book価格戦争小史(1):背景と本質

fix_price世界の最大手出版社(B5)とアマゾンとの第2次価格戦争は、前者の勝利で終わったはずだった。しかし、最近この勝者に近い筋から聞こえてくるのは、出来ることなら6年前に戻りたいという話だ。なぜ「こんな」ことになったのか。それによって「どんな」ことが起きるのか。検討する前に、これまでの背景と経緯を整理しておきたい。

背景:忘れられた当事者(著者と読者)の登場

gatekeeperE-Bookの価格は、E-Bookの登場以来つねに問題になってきた。それが一業界のメーカーと小売の抗争で終わらない意味を持つのは、印刷本の価格をめぐる版元と流通との(18-20世紀をまたぐ)闘いの歴史の延長であり、また米英と欧州・日本で異なる安定状態にあった、版元と書店との関係の破綻と再構築を意味したからである。異なる状態とは、英米における大規模書店チェーンの登場と出版社の複合メディア企業への吸収であり、欧日における定価販売制(ただし日本のみ返本可)のことだ。

この安定は、国境のないインターネット空間で、個々の消費者を相手に流通ビジネスを行うアマゾンの登場で終わりを告げた。データとロジスティクスという、途方もない設備投資を前提とするビジネスモデルとプロジェクトを20年前に構想し、実現したこの企業の衝撃は、規模で対抗できた大規模書店とは次元が違っていた。これまで紙の上で有限であった世界は、デジタルでは事実上無限となるためである。ストアだけでなく商品までデジタルであるE-Bookにおいてアマゾンの力が最大となることは明らかだった。

アマゾンは「消費者」と「読者」を知り、アプローチすることが出来る。つまり、相手に合わせてフォーカスを変え、コンテクストを変えるという商売の基本を、巨大かつ効率的に実践した史上初の企業だ。最大の武器は消費者であり、消費者の満足を得るためのサービスだ。E-Bookという市場を創造したアマゾンは、ここで伝統的なアプローチである販売力を背景にした卸値の引下げと利益の最大化という定石を採らず、著者と消費者を当事者として巻き込むという、前代未聞の戦略を発動させた。

閉鎖系内での解決から開放系での合意形成へ

「価格」はその新しいビジネス的、社会的コンテクストの中で問題になった。それにより、史上初めて、価格形成において出版社・印刷会社・卸業者・小売業者で構成された出版という閉鎖系の外の当事者を含めた合意形成が必要となったものである。アマゾンの意図は明確ではないが、出版の社会性を考えた場合、これ以上適切なプロセスは思いつかない。デジタルのパラダイムは、ビジネスの基本要素である商品、小売、物流、決済に広がっているが、アマゾンは紙とデジタルの出版商品をすべて扱っており、2010年までに印刷本・教科書・古書でもすでに最大級の書店としての座を確立していた。

著者と消費者という、業界外の当事者の利益や意見が問題とされたことはほとんどなく、各国メディアがもっぱら(大)出版社とアマゾンの抗争として紹介してきたことで、これと表裏一体の関係にある自主出版の急速な拡大が見えにくくなり、解決を遅らせてきたばかりでなく、デジタルへの「平和的移行」を困難にした、と筆者は考えてきた。これは米国において顕著となったが、欧州や日本でも出版界の事情は本質的には変わっていない(結果は大違いだが)。違いはただ、政府の出版業界の競争制限行為を許容しているかどうか、ということで、日欧はそれによりE-Bookに一種の"デジタル・サーチャージ”を課すことで普及を阻害することが可能であっただけに過ぎない。  (鎌田、03/08/2016)

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