タブレットから入る文字と読書

LaS米国計算機学会(ACM)が主催する第3回Conference on Learning at Scale (L@S)がスコットランドのエディンバラで開催され、識字教育におけるタブレット利用の大規模実験の結果が発表され、いずれも目ざましい効果を上げたことが報告された。識字/読書を支援するテクノロジーへの期待は高まっており、教育を通じて新しい出版市場が生まれることが期待される。

識字/読書教育に高い効果

この学会では、モバイル・デバイスとクラウド・プラットフォームを使って、究極的には7.7億人に読書を普及させる成人教育プログラムを開発した事例のほかに、転移学習をMOOCに導入した事例、ゲームでの活動履歴から学生の達成度を推論するデータ駆動アプローチなど、様々な「スケーリング」の応用事例が紹介されている。おそらく、学校教育を中心としたこれまでの教育システムの限界と非効率をテクノロジーによって打開するという問題意識があると思われる。

タブレットのほうは、米国のMIT、タフツ大学、ジョージア州立大の研究者の共同開発によるプログラムの実験で、学校がなく無文字社会に近いエチオピアの村落、教師が極端に少ない南アフリカの都市近郊の学校、低所得層が多い米国の農村部の学校が選ばれている。いずれもテストの成績でタブレット使用組が高い点数を記録した。しかし、年齢によって一様ではなく、8歳前後のタイピングやマウス操作が出来る生徒に比べて、低学年では効果が低かったとされている。

literacy1無学校地域や都市スラム、過疎農村といった、常識的には劣悪な教育環境の下での識字/読書教育にテクノロジーが役に立つかどうか、というテーマは、安易な推定を許さないものがあり、数ヵ月をかけて行われた実験にはそれだけでも価値がある。途上国でのモバイル・デバイスの普及は目覚ましく、またRaspberry Piなど、本とさほど変わらない価格のシングルボードコンピュータも登場したことで、たんなるデバイス利用ではない、具体的な教育プログラムの開発という段階に入った。

教育・出版にまたがる読書空間の再構築

近代は識字/読書の普及とともに始まったが、それは紙と機械式印刷の普及を背景としていた。しかし、10年あまりの義務教育を提供する負担は社会にとって重く、それ以後の教育では費用対効果が厳しく問われるようになっている。社会人でさえも継続学習の機会が必要だが、体系やサービスは未整備だ。出版の市場は教育によって社会的に再生産されるものだが、近年はその関係が複雑化し、しかも制度疲労で壊れつつある。

デジタルへの関心は高いが、教育の本質(誰のため、何のため)に即したものでなければ定着は一世代以上かかってしまうだろう。近代をリードした出版人たちは、インフラとしての辞書や百科事典をつくり、普及価格で古典や知識・思想を体系的に書籍化した。最新の印刷・製本機を導入して知識の普及手段としての雑誌をつくりもした。現代に必要なのは、100年前に匹敵する情報環境の変化に対応した読書秩序の再構築だろう。

モバイルとクラウドが21世紀の出版空間の中心となる以上、そこで生まれる読書空間をリードするのも教育だ。出版界は教育と出版をつなぐフォーマットとコンテンツを開発・提供すべき役割を担っている。この10年が決定的で、デジタルに逡巡する暇などはない。 (鎌田、04/28/2016)

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