紙とデジタルの関係(1):新しいゲーム (♥)

rules_of_the_gameデジタル時代の出版で絶対に欠かせないのは、サプライチェーンの両端にいる著者と読者だけで、その中間の存在は両者に対して何が提供できるかで価値を証明しなければならない、とジェフ・ベゾス氏は述べ、「コンテンツが王様」という俗論を排して両端重視のプラットフォームを構築した。彼の「極論」が証明されるのに10年はかからなかった。[全文=会員] ☆期間限定公開=10/6まで(本誌7周年と東京国際ブックフェアを祝して)

デジタル転換を機会としたアマゾン

在来出版の地盤沈下を示す数字が相次いで示されている。筆者は「紙 vs. デジタル」を対立させる発想を批判し、問題はフォーマットによらず、本が読まれているか、いくら稼ぎだしているかである、という立場をとってきた。メディア基盤の転換期に、出版ビジネスの健全性を測る最も重要な指標は総売上 (部数・金額)であり、デジタルの伸びはメディア転換への適応状態を示すものだが、それ以上に「総売上」と、メディアの中での出版のシェアが重要だからだ。

rules_of_the_game3そのことを最もよく知っているのは、創業以来、紙から始めてほぼあらゆる形の本を売ってきたアマゾンである。アマゾンにとって、重要なのは(消費者としての)読者であり、Kindleを売るのがゴールではない。とはいえ、メディア(商品)としての本の危機を機会として捉えた同社は、Kindleによって著者と読者をダイレクトに結びつける可能性を生み出した。出版の将来にとって、それが幸いか災いか、好きか嫌いかはともかく、合理性において、ビジネス的に最強のコンセプトの実現であることは認めなければならないだろう。ここでは、出版社に対するアマゾンの戦略的優位の源泉であるビジネスモデルについて考えてみたい。

しかし、本誌がさまざまなケースを通して見ているように、アマゾンの強さの大半は、出版界の錯覚(時代錯誤)によるものである。彼らはいまだに塀で囲まれた狭い世界でのシェア獲得という伝統的なゲームをやっているのだ。高い知的能力を自他ともに許してきた出版界の人々の、転換期における錯覚は後世の教訓とするべきものであると思われる。

米国の出版社はどこで間違えたのか

wrongway2米国でKindleが登場した2007年末から5年あまり、紙とデジタルはともに伸びたが、ゼロサム発想に縛られる出版界は、後者(とアマゾン)に神経を集中し、デジタルの急成長のみを警戒した。2012年、独禁法訴訟での歴史的敗北(ちなみにその前の敗北は印刷本の小売価格で、相手はB&N)を経て、E-Bookの価格設定権を奪還し、価格の大改訂(2014-5)を行った後の2015年の数字は、ほぼ大出版社の期待通り、紙の復権を示したが、それはアマゾンによる安売りと塗り絵に飾られた空しいものであったことが間もなく明らかになっている。それがいま表面化したのだ。

出版は、すでに印刷本とE-Bookを含めた総合プロジェクトになっている。モバイルが重要なメディアになって以来、後者で成功することが前者にとっても重要な意味 を持つことは、最近5年間のベストセラーの傾向(『フィフティ・シェイズ』や『ハンガー・ゲームズ』など)で示されてきた。アマゾンをマシンとして使い、誰よりも多くを稼ぐこと が出来たランダムハウスなど大出版社の関係者には実感されたはずだが、それは筆者のような凡人の発想で、大出版社はひたすら自らのブランド力の偉大さを実感していたことは間もなく明らかになった。まことに人間のエゴとプライドには際限がない。

victory2端的に言えば、大出版社は、E-Bookの成功をしばらく封印し、アマゾンという嫌なパートナーと縁を切ることを優先させることにしたのだ。この戦略は、2013年時点での彼らの「万能感」を理解していなかった筆者の想像を超えていた。成功の理由を自らのブランドに帰し、「著者と読者」がつねに自分たちのフォロワーであることを信じて疑わない発想は、なかなか理解できない。アマゾンは<著者と読者>モデルを推進していたが、大出版社も、我が道を粛々と歩んでいた。それがE-Bookの価格改定である。デジタルの圧殺といってもいい。本誌は「焦土戦術」と呼んだ。

その後の経緯は本誌がお伝えしてきた通り、大出版社の予想に反してE-Book市場が拡大を続ける中でシェアは大幅に低下し、著者の失望を買ってインディーズに走らせたことで、懸念は恐怖に変わった。目先で「出る」デジタルを打ったことで、自分自身の将来を犠牲にしてしまったことは明らかだろう。もう少し、高層ビルの上で綱渡りをやっている緊張感を持つべきだった。

アマゾンが自主出版をビジネスモデル(KDP)として成立させたことは「著者と読者」理論の証明であると同時に、本と出版というものの本質を、グーテンベルク以来の最も重要な存在であった<印刷所+出版社>を省略した仮想現実において実現したことになる。出版者の理性的判断を狂わせたのは、まさにそこを衝かれたからだと筆者は考えている。 (鎌田、09/21/2016)

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