サイモン&シュスター社(S&S)のキャロライン・ライディCEOは、社員への年末メッセージで、2016年を政治的にも文化的にも「混乱の年」であったと総括するとともに、言論の自由に危機が迫っており、「時にいかに困難であっても」検閲には抵抗するよう社員に求めた。自由を看板にする国の出版経営者がこうした発言をするのは、もちろん異例のことだ。
S&SライディCEOのメッセージ
同氏のメッセージは、主として事業活動を総括し、新年の課題を述べたもので、先にそちらのほうを紹介しておこう。S&Sの業績は、ブルース・スプリングスティーン回想録 'Born to Run' などのヒットで好調だった。A-Bookが前年比30%の成長を示したのもスプリングスティーンの口述A-Bookによることろが大きいが、来年も大型企画を進めている。E-Bookを含めた同社の3Qのデジタル比率は23%と発表されているが、これはビッグファイブの平均に近いと思われる。オーストラリアなどでの海外出版ではE-Bookを前面に出してシェアを拡大したとしており、デジタル戦略は、オーディオと海外E-Bookを中心としたものとなっているようだ。
さて、ライディCEOはS&Sが「検閲への抵抗」と「自由な言論の擁護」という2つの責任を負っている、と述べ、この2つが消極的な題目ではなく、社を挙げての積極的義務であることを表明した。国際PENも、「表現の自由は『自由の国』で危険に晒されている」という声明を最近出しており、こうした懸念は、米国の出版人が共有しているものだ。
大統領選挙に端を発した、いわゆる「偽ニュース」問題や「ロシア・スパイ陰謀」問題で政府・議会が言論規制に傾斜し、公権力による介入の危険が高まっているとみられるが、現在の米国にどのような言論の自由の危機が存在するのかは、ここでは議論しない。ただし、今回の大統領選挙が空前の「泥試合」となり、主流のニュースメディアが一方に加担した結果が「トランプ大統領」となったことで、社会的ヒステリーが収まらず、書籍出版にも飛び火する懸念が生まれる状況であることは確かだろう。
メディアは平和の手段になるか
すでに「偽ニュース」のフロントエンドとなったFacebookは、“事実確認を行う第三者組織”として、The International Fact-Checking Network (IFCN)という組織から警告表示を受けることにしたと伝えられる。IFCNは、大富豪のゲイツ夫妻の財団やジョージ・ソロス氏の財団、Googleなどが後援する新組織だが、後者はクリントン選挙に加担し、また東欧や中東での一連の「体制転換」を財政支援してきた「ニュースメーカー」で、中立性には疑問が持たれている。米国社会は「対テロ戦争」開始以来、15年にわたる(米国史上最長の)戦争状態を経験して出口が見えていないが、大統領選挙を契機に、ついにメディアを舞台とする“内戦”に拡大したようだ。まともな出版人が懸念して当然だ。
戦争の論理は「勝利がすべてで、真実や正義はすべて二義的」というもので、当事者を中心に人々の心を蝕んでいき、ついには戦争の目的を無意味化することで巨大な荒廃をもたらす。米国の出版人が戦争勢力に抵抗し、平和を回復することに期待したい。本はマスメディアと違って読者のために出版される。政治と戦争に翻弄されるマスメディア、ビジネスを優先するインターネット・メディアに対して、書籍出版が真価を発揮すべき機会でもある。◆ (鎌田、12/29/2016)
- S&S's Reidy tells staff to 'resist censorship' after 'tumultuous' 2016, by Katherine Cowdrey, The Bookseller, 12/19/2016