「IDPFを救え、EPUBを救え」委員会声明については先日の拙稿で紹介したが、IDPFのビル・マッコイ事務局長がDBW (1/18)において反論を行った。合併に関する事実誤認を指摘しつつも、W3Cのもとでの将来のEPUBの役割に対する懸念については、今日のE-BookバリューチェーンでEPUBが果たしている重要性を反映するものとして理解を示している。
IDPFマッコイ事務局長最後の説得
日本は4年前にIDPF (EPUB3)=W3C (HTML)という現実を受け入れた。EPUB3とはW3Cが主導する未来へのパスポートであった。その結果、日本語組版がEPUBのみならずHTMLで標準化したという果実を得ている。しかし、欧米の活字出版コミュニティにとってはEPUB2とEPUB3の差は目に見えるほどのものではなかったようだ。「EPUB3でよいではないか」「IDPFがなくなると困る」という声は、むしろ期日が迫ってから噴出することになった。マッコイ氏の予想をも超えたものだったと推察される。Webと出版の関係については多くの人がまだ納得・理解していなかったということだ。これについては別に論じてみたい。(写真はビル・マッコイ(中央)、ティム・バーナーズ=リー(左)、ジョージ・カーシャー)
IDPF-W3C合併はなぜEPUBと出版にとって最良なのか
出版は書籍産業だけのものではない
以下、マッコイ氏のコメントをごく粗く紹介しておくが、内容的にはEPUB3を推進した日本の関係者には十分に共有されていることだと思う。マッコイ氏は、まずIDPFが出版業界だけの団体ではなく、またEPUBもたんなるE-Bookのフォーマットではないことを指摘する。IDPFがW3Cと合併するのは、EPUBの将来を、その基盤であるOpen Web Platformの本流と一体化するためである。
世界はアクセス性の高い、モバイル対応のポータブルなドキュメント・フォーマットを求めており、それは紙の書籍の電子的複製に止まらない。EPUBはそれにはすでに成功したが、まだすべての出版分野で遍く採用されているわけではない。他方でW3Cは過去2年間にわたって “Portable Web Publications”というコンセプトを提唱し、Open Web Platformの全体を通して出版のための機能を拡張することに取組んでいる。
現在に固執すれば将来を別の出版に左右される
ITの歴史が示すことは、自ら依拠している標準がそのソリューションと同様な機能を追加する方向に進化している時には、合流への流れに棹をさすことには合理性はないということだ。モバイル産業は、HTMLに基づくWAPでの経験でこのことを学んだ。彼らはHTML5ではなくWAPに多くを注ぎ込んで袋小路に陥り、多額の損失を出した。早い段階でHTML5に乗ったモバイル・ベンダーに屈したのだ。今日、EPUBは確かに幅広く採用されているが、それは2000年代のWAPを想起させる。EPUBコミュニティはすでにEPUB3への移行時にHTML5と最新のWeb関連技術に投資した。しかし、技術の進化は早く、EPUBも他の技術に並ばれ、取って代わられる場面も生じている。こうした状況は、われわれがEPUBを自体をW3Cにおける将来の出版関連標準の重力圏の中心に置くことによってのみ打開できる。
デジタル読書とデジタルコンテンツの将来は、印刷物の電子的等価物に限定されてはいない。もし書籍出版産業が、EPUBとともにOpen Web Platformの開発の主流に参加するならば、そのエンゲージメントと主導性によってWebにおける出版の前線で中心的役割を占め、書籍出版をさらに飛躍させ、反映させることが出来るだろう。逆にもし専用フォーマットの狭いサイロに引き籠ることがあれば、デジタル・コンバージェンスがもたらすリスクは最大となり、アプリ開発者、ゲーム開発者、ビデオ製作者、その他クリエイターたちの動きを傍観するしかなくなる。書籍産業は将来の出版の発展に対し、全面的かつ主体的に関わらねばならない。次号につづく ◆ (鎌田、01/19/2017)