「文芸」危機をどう考えるか (1):英国ACE報告

literary_crisis2英国文化省に所属するイングランド芸術評議会 The Arts Council England (ACE)は、新刊文芸書 ('literary fiction') の販売が「危機的な水準」にまで落ち込んでおり、なんらかの助成措置が必要という報告書を発表した。分かりそうで分からないのは、この現象の背景が何であり、またなぜ社会にとっての「危機」として受け止められているのか、ということだろう。

危機の背景

Literatureinthe21stCentury日本で「文学」とも「文芸」とも呼ばれる言語芸術作品は、時代によって定義と概念を変えてきた。その昔は「まじめな小説」、近代は「娯楽でない小説」、現代は「?」。読書人とも紙や印刷とも離れた現代は、再度の定義の更新が必要な時代に入っている。日本語において「小説」は学でも芸でもないものとなって久しい。ここではそうしたことを棚に上げて、英国で非娯楽小説出版が危機にあることをネタに問題を提起したい。

2010年に2億1,600万ポンドあった英国の小説市場は、2016年には1億4,300万ポンドと33.8%の下落を見せた。しかも、商業的なヒット作を除く部分はますます縮小している。そして(とくに自己省察型の)文芸小説は読者から敬遠されているという。小説の売上の3分の1が失われたとしたら、文芸ものは半分以下になったとしてもおかしくない。出版社は点数、部数を減らし、価格も落としている。前渡金は廃止ないし縮小、著者への支払サイトは延びるだろう。つまりは作家の生活を困難にし、創作意欲を削ぐことになる。ACEが「危機」と呼ぶ第一の理由は、経済活動としての文芸書出版の崩壊であろう。

価格を下げるのは(有名作家と違って)売れないためだが、印刷本の場合、発行部数が増えなければ単純に売り上げが減って1冊あたりコストが上昇し、さらに出版関係者のクビを絞めることになる。ACEが危機と考える市場の崩壊に近づいたことは確かだろう。

助成という手段

literary_crisis出版、あるいは読書空間において重要な文化的価値を提供してきたと考えられる文芸書が(少なくとも印刷本を販売する書店から)消えることをどう考えるか、これから興味深い議論が国際的に展開されることになるだろう。というのは、これまで印刷本と書店の価値は、コスト原理に左右される経済的価値としてではなく、その言語文化/社会的価値と結びつけて論じられてきたからである。ACEはその立場として文芸書への「助成」の必要性を強調しているが、こちらはすでに議論を呼んでいる。たとえば、以下のような。

  •  'literary fiction' が出版商品として消えるのは時代の必然ではないか
  • 文学/文芸には(客観的に立証可能な)社会的価値などない
  • デジタル/ネットワーク時代に「小説の印刷本出版」を公的に助成する必要はない
  • 「文芸」を人質にして補助金を確保しようとしている
  • なぜデジタルでの継続・再生・拡大を考えないのか

本誌は、デジタルな解決を考えるべきという立場だ。「芸術」への助成金はつねに(ケースバイケースで)良くも悪くもあるが、わが「緊デジ」の無残な結果にも示されたように、結局はあまりロクなことにならない。ACEは1946年経済学者のJ.M.ケインズ卿の提唱により生まれた権威ある機関で、助成/審査システムには定評があり、実績も大なるものがあるが、文学への助成は解決にならないと考えている。文芸出版の危機はメディアの転換による在来出版の危機によるものであり、それは印刷本出版の延命ではない別の方法で解決すべきだ。 (鎌田、12/19/2017)

参考記事

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