Kindle以後ノート(1): 出版と読書の秩序

Kindle_LiteKindleは、出版の歴史をそれ以前と以後に分けるものではないか、と筆者は考えている。それは印刷本からE-Bookへの転換ではなく、書店からオンラインへの移行でもない、ひと言で言えば多様化である。コンテンツとフォーマットとチャネルの多様化であり、発行主体の多様化と読書体験の多様化、コンテンツへのアクセスの多様化…。なぜそれが重要か。なぜそれがKindleと関係があるのか。

Kindleとは何だったか

Large_C_Green_w300Kindle以前、出版はある意味で集中化され、管理された権威的世界で、その中心には版があった。サイズもフォーマットも、ジャンルも、価格も、発行主体も販売者も、プロモーションも、ほぼ決まっており、それから外れることは容易でない。本を書く「著者」はもっぱら出版社が決め、「出版社」も平等ではない。それぞれに「序列」があり、書評にも影響する。それらは「非対称性時代」のものだが、書籍出版ほど旧態依然なのはそうないだろう。

グーテンベルク革命以来、書籍には「版」を中心にした出版の秩序(版権)と読書の秩序(書評)があって相互に規定しあっている。マーシャル・マクルーハンは「印刷革命」がその後の文化、科学、思想のあり方を「規定」したことを明らかにしたが、いまにしてその「秩序」の重みが分かる。デジタルとインターネットは秩序の根底にあった「版」を流動化させ、無効化させてしまったが、近代以来のあり方やしくみが、それに対応して変わるわけではない。しかし、コミュニケーションやビジネスは変わる。社会はそれらに近い部分から変わってきた。しかし、旧出版人が「秩序」を守る以外のことが出来たとは思われない。

出版のディスラプトを避けたアマゾン

disruptおそらく、ジェフ・ベゾスはそうしたことを理解していたと思われる。それは出版においてはディスラプトを伴うドラスティックな革命を避け、「平和的移行」を意図していることから推察される。旧秩序がデジタルとインターネットによるコミュニケーション革命によって空洞化し、衰退し、解体していき、旧秩序の光輝ある遺産が社会的に(一定期間)無価値となることを怖れていたと思われる。団塊の世代の筆者などは、安易に「革命」を唱え、それが進歩をもたらすことを疑わななかったが、アマゾンはそうした軽薄さと無縁だった。Kindleの革命は必要最小限なこと、それもシミュレーションを積み上げて実証されるようなことしかやらなかった。筆者が確認した「10大発明」はそうしたものだ。

Kindleは、10年足らずの間に、デジタル出版のエコシステムをほぼ独自に構築し、出版を出版社の占有から開放した。音声言語による出版市場をつくり(つまりグーテンベルクから自由にし)、出版と読書の秩序の社会性を独自の方法で構築した、出版と書店のロールモデルを軌道に載せ、定額制というシェアモデルを復活させた。それは在来のモデルと共存することができる。われわれはKindleを前提として、明日の出版を考えることが出来るし、そうすべきだろう。『Kindle以後10年』の最初に「10大発明」を置いたのは、10年で築いたKindleのビジネスの構造と機能を理解することが「Kindle」以後の出版を考えることが21世紀の出版の出発点になると考えたからだ。  (鎌田、05/08/2018)

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連載記事

Kindle以後ノート(1)-(5)
1. 出版と読書の秩序 ┃ 2. 本の価値 ┃ 3. 王様のいない世界 ┃ 4. 仮想化 ┃ 5. Googleとアマゾン

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