Kindle以後ノート(3): 王様のいない世界

context「版」中心の出版は、モノとしての本の「独立性」「完全性」「経済性」を実現して産業革命や通信革命を乗り越えて600年を経過している。しかし、世紀末に登場したインターネットは、それまで出版ビジネスを助けてきたテクノロジーとは違った作用を及ぼし、出版社は不意を突かれた。「版」の3つの価値は同時に相対化され、印刷本という贅沢なフォーマットを維持することが困難になった。

読者こそ「王様」だった

audience_3すでに多くの人の記憶から消えていると思うが、前世紀末の一時期、デジタル時代に「コンテンツは王様」というユーフォリアが「コンテンツ」業界を包んだことがあった。ブロードバンドの普及がコンテンツの爆発を生むという期待からである。それはその通りだったが、結果は業界を経験したことのない苦境に追い込んだ。それはデジタルという技術の本質を見誤っていたことによる。

希少な資源、資本の優位、非対称性という市場が一変したために、それまでの供給サイドから考えられてきた計算が通用しなくなったのだ。供給制約で機能してきた市場の秩序(優劣)は、デジタルの「無限性」に侵食されていき、まず「価格」が崩壊する。次に技術の差も消失し、メディアの境界が破壊される。インターネットによってデジタルはディスラプティブなものとなった。それまでの「お行儀のよいデジタル」が世紀末を境に「破壊的なデジタル」に変ったのだ。狭い領域では微分的/演繹的思考が優位を占めたが、新しいグランドでは積分的/機能的思考が有効な場面が多くなる。しかし、「パラダイムの転換」において必要な思考スタイルの切替がうまくいくことは、ほとんどない。組織や社会が絡むからだ。

アマゾンは最初から新ルール変更を前提にした組織をつくった。ほとんどのメディアビジネスはこのようなルール変更を経験したことがなく、在来のシステムが続くという前提をどうしても変えられなかった。結果としてダメージは日に日に拡大している。アマゾンは、新システムの構築のほかに、レガシーシステムの吸収というもう一つの課題を同時にこなす余裕を持つことが出来た。過去5年間にアマゾンが最も力を入れてきたは、伝統的出版ビジネスの改訂である書店 (Amazon Books)と出版 (Amazon Publishing) であったことは偶然ではない。アマゾンのビジネスモデルは『十大発明』の以下の各章を参照。(第4章:顧客志向の書店、第5章:著者の自立と出版ビジネス: KDPとアマゾン出版)

新ルール「顧客第一」とは何か

前号で述べたように、アマゾンのビジネスは蓄積された顧客データから得られるパーソナライゼーション・モデル(顧客体験)を継続的に改善するというもので、顧客にタイトルを合わせる「顧客第一主義」は出版でも書店でも変わらない。在来出版の「微分型」「演繹型」が伝統的には"王道"であるとみられるだろうが、ロングテールからも収穫する積分・帰納型のシステムは、時間とともに圧倒的な結果の差となる。それは読者を顧客としたからだ。

「顧客第一主義」は読者にフォーカスすることで可能になる。そしてコンテクストが豊富な本から始めた顧客は「体験」モデルがつくりやすい。だからアマゾンは購入より読書・情報共有に価値を見出している。これは情報の入手・管理が容易になった21世紀でこそ意味を持つ。それまでならば「ゴミ」扱いされたデータを活用しているのだ。「顧客第一主義」は、アマゾンのすべてのビジネスモデルを有効に機能させる。とくに在来出版社や書店が一般「読者」を放置していた場合には…。伝統的な出版ビジネスでは、「顧客」の範囲は、書店、メディア、書評者、図書館など「業界の人」に限られていた。これは無理もない。しかし、くどいがインターネット時代の新ルールでは圧倒的に不利になる。 (鎌田、05/14/2018)

『Kindle以後10年(1):Web時代の出版とKindleの十大発明』
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連載記事

Kindle以後ノート(1)-(5)
1. 出版と読書の秩序 ┃ 2. 本の価値 ┃ 3. 王様のいない世界 ┃ 4. 仮想化 ┃ 5. Googleとアマゾン

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