Kindle以後ノート(9):版からバージョンへ

print_plate久しぶりで「本」を書いていて改めて発見したことは、第一に、まとまった長さの本を書くには読者を思い浮かべる必要があるが、それを知る手段はほとんどないこと、編集者がそのイメージを共有してアドバイスしてくれると有り難いのだが、たとえ出版社の有能な編集者でもふつうの「読者」にはなり得ない、ということだ。彼(女)には締切があり、著者にはつねに迷いがあるが、読者はこちらを知らない。

知識のコミュニケーション問題

annotationこれはコミュニケーションの問題だ。まず「何を語るか」というテーマがあり、要約すれば短く、詳細を書けば長くなる。アイデアでもストーリーでも、話したいことが多いと構造が単純なものとならない可能性が強い。枠物語のように入れ子構造にすると退屈しないが、ゴールから遠くなる。この問題が片づかないうちに「どう語るか」を決めなけれならない。これは完全に読者に依存する。著者と読者の「語彙空間」「意味空間」が共有されるかどうかで、話は伝わらなくなる。「学術用語」といっても専門によって、時代によって意味は異なり。情緒的、心理的な表現の場合はインパクトは強いが、別なことを連想するかもしれない。比喩や暗喩も当たり外れが大きい。

誰でも知っているように、コミュニケーションは難しいが、世の中はますます、そうといって済ますことではなくなってきた。昔は学歴(学校歴ではない)、専門分野、知識や経験、読書歴などを擦り合わせる時間があったが、今日では情報量とアクセス手段の割にコミュニケーションにおける情報処理はますます困難になっている。これは今日の様々な問題の原因になっていることは間違いない。21世紀に入って、人々はより短い単位の文章しか読まなくなってきていると言われるが、これはコンテクストが複雑になると、とたんに情報共有が増えるためであろう。短いものしか読まないことは、長い本が売れない、新書版程度…ということと関係がある。

話は変わるが、そうしたことは、処理する情報の爆発的増加とたたかってきたITの世界でも取組まれており、その成果はAIにおいて集約されている。だから、コミュニケーション問題が経済的な意味を持つ限り、問題は徐々に(時には一挙に)解決していくことは間違いない。しかし、現実の問題に対する包括的な解決はない。だから、出版におけるコンテクスト問題は、現在の知識情報共有技術で試行錯誤しつつ、AIの支援を促すことになるだろう。

決定版は「バージョンx」から生まれる !?

versionひとつのアプローチは、印刷版とは別の「版」つまり「バージョン」の活用だ。版 (version)とは何か?それは出版者(著者/出版社)が読者の必要とするコンテンツ×コンテクスト (CxC)の理想的な組合せを、出版時点の限界内で固定させたものである。それは無数に考えられた組合せのひとつで、5Wが一つでも変われば別の形となるべきものだ(可能なら)。ソフトウェアの場合、不具合があれば随時更新されるし、機能を追加した場合でも多くは無料でバージョン・アップとなる。周知のように出版ではそれは許されず、それどころか書店の店頭で動かなければ2ヵ月以内に消える。

これまでの出版では、同じ版から多くの複製を得る経済モデルが優先され、コミュニケーションの効果を高めた改訂バージョンを困難にしてきた。しかし、これは「決定版」以前に版を重ねることで、読者を明確にし、テーマ構造や文体、語彙空間を最適化していくことができるだろう。そのためには版にのみ経済価値を認める発想を、読書/共有体験に価値を認めるものへと変えていく必要がある。

じつはアマゾンはそうした転換を予測してオンライン書店へ進出した。Kindleから見えてくるのはデジタル時代の新しい出版ビジネスだけではなく、読書体験を経済価値に変換するビジネスモデルである。このシステムにおいて読書は価値の源泉であり、著者は版の複製から得られる収入に頼る必要はない。版は出版というビジネスのキー・ファアクターではなく、共有された体験の量と質で評価される。売れた数よりも、読んだ人が問題になるのだ。変換のためのファクターが「体験」である。 (鎌田、06/19/2018)

物理的な版がデジタルで置き換えられたことで、コンテンツの価値はまるで違ったものとなる。これは出版ビジネスが直面した最大の問題だった。版のコストの重圧を回避するために、出版はデジタルを導入したのだが、ついに完全にデジタル化された時に、それは紙からも離れてしまったのだ。アマゾンの「十大発明」は印刷本をE-Bookにしただけではなく、本のもう一つの価値をもとにビジネスモデルを再構築した。

それはKindle以前に基本的に完成し、E-Book(モバイル・コンテンツ)で完成したものと考えられる。詳細は「BOOK I-1, 5, 6章」および近日刊行の「BOOK II:本・読書・出版」にて解説する。 紙かデジタルという見方はまったく見当違いだった。Kindle以後の出版は、版の完全性という呪縛から離れたものとなるだろう。

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