Kindle以後ノート (12):消えた「元年」

「Kindleの10年」は、日本では5年遅れで2012年にやってきた。文明開化の象徴である「黒船」と立ち向かうという、滑稽な図式が持ち出されたが、明治以降の日本の出版を考えれば、この業界にとってはそう不自然なことでもない。外圧を利用しながら「ローカルな近代化」を目ざすというレトリックは、明治以来、占領時代を通じての成功パターンだからだ。

デジタル時代の出版の3つの課題

kurofune印刷・出版・流通の三要素から成る近代出版の形成は、機械、製紙と物流という産業インフラに依存していた。そして「情報・言論統制」を基本的要素とする権威主義的政府の下での80年あまりの「業界運営」は、戦後のビジネスにも大きな影響を残していた。戦時体制に淵源を持つ「書店問題」がいまだに影を落としてきたのも、そのためである。「黒船」は江戸の出版エコシステムを20年あまりで葬り、金属活字印刷と新しい「日本語」に基づく近代出版をもたらした。アマゾンに期待と怖れを抱いた人々は、デジタルという「黒船」にも同じものを見たのだろう。

デジタルが意味しているのは、(1) 印刷と流通を不要とする新しい生産と流通、(2) グローバル時代の国境なき出版、(3) 版に依存しない「脱複製時代」のビジネスモデルである、と筆者は考えている。デジタルが複製と仮想の技術であればこそ、出版はそれを超えるモデルを必要とする。版は、希少な情報資源を前提に複製を価値あるものとしていたからである。世界が直面しているこの課題に、日本は独特の「世界」観で、つまり「成功パターン」による伝統的な発想でアプローチしたと思われる。それは次のように要約できるだろう。

  • 日本語組版標準問題とEPUB3
  • 読者軽視とガジェット中心主義

「組版」は印刷業界を当てにしたもの、「ガジェット」はメーカーと政府を恃んだもので、ここに日本の特徴が出ていたと思われる。「版=小売価格の絶対化」という「版駆動経済」による旧勢力からの抵抗は、在来出版界の標準的な対応ともいえる歴史的必然なのであえて触れない。

「電子書籍元年」はどこへ行ったか

sharp-galapagos5-550x3092010年1月にはiPadが発売され、日本でも続いたことで、これが「電子書籍元年」を告げた形となった。アマゾンが黒船となるはずだったが、アップルに目移りしたことで、出版からガジェットに焦点が移ってしまい、これは出版界には不幸なことだった。市場は「iPad型」のカラー・ガジェットと「Kindle型」が並び、表面的に華やかになったが、ITガジェット好きな日本人がタブレットこそデジタルの「本命」と錯覚しないわけはない。結局、コンテンツ/読書よりも「印刷業界の協力とメーカーの協賛と国のリード」という他力に期待する幻想が「元年」の空気を支配した。

黒船アマゾンによる「電子書籍元年」は、楽天Kobo、アップルiBooks、凸版BookLive、DNPなどによって中和されて、焦点が「紙 vs. 電書」になった段階で、出版ビジネスモデルのデジタル転換という本来の課題は不可能になり、紙を優先する出版姿勢、進まない業務プロセス転換、硬直した価格などで、収益源はマンガだけとなった。 (鎌田、07/04/2018)

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