Kindle以後ノート (16):Wattpadの「ストーリー」

Hub_WP_Icon.b33d0c5aWattpadというソーシャル空間から生まれたベストセラー、映画の世界的ヒットという事例は、21世紀の出版の典型的な形を示している。そこには大出版社が一定の役割を果たしたとしても、基本的にはアマチュアの「クリエイター」と数千万の「読者=ユーザー」がWebメディアを使って起こした「現象」だからだ。

コンテンツをめぐる社会現象はストーリーから始まる

story作品としての本や映画は、起きた「現象」の「結果」だ。それは共有される場や空間を必要とするが、それはTVや映画、本といった商品化された情報のプロデューサーやキャスターではなく、ふつうの人々に近いところから始まる。それはキュレーターを必ずしも必要としない。キュレーターは商品としてのコンテンツの評価、洗練を導くが、プロでないクリエイターが最も必要とするのは、批評家より読者でありファンであり支援者、つまりは「ユーザー」なのだ。Wattpadは「作品」にコンテンツとしての完成を求めない。むしろプロセスを共有することが重要だと考える。ストーリーが形成されるプロセスにこそ、コンテンツをめぐるコミュニケーションで最も価値がある。なぜならそこにはマーケティングに必要なすべての情報が含まれているからだ。ここにWattpadの革新性があったと思う。

『ドン・キホーテ』から『ハリー・ポッター』まで、コンテンツをめぐる社会現象の陰にはダイナミックで不定形な(主としてバイラルな)コミュニケーションがあることは、昔から知られている。しかし、21世紀のそれはリアルタイムで知ることができる。「知ることは力」であり、使い方を知ればコンテンツ・ビジネスで大きな成功を収め、あるいは失敗を減らすことが出来るだろう。Wattpadは結果を急がない。

「ユーザー」と「エンゲージメント」

social-networkFacebookやTwitterといった初期のソーシャルネットワーキング・ビジネスは、「個人情報」をキャッシュに転換することに性急すぎた。システムコストの増大というプレッシャーがあるからだが、これは長期的な信頼関係を不可能にする。持続的な成功に必要な「深い」ビジネスモデルは、「情報」ではなく生きた「ユーザー」から生まれる。アマゾンがそのモデル有効性を実証するのに20年はかかったが、Wattpadもメディア・ビジネスにおいて有効性を実証したと考えてよいだろう。

版・紙・印刷を土台とした伝統的な出版のサプライチェーンは、生産・流通・コミュニケーションの物理的インフラに固定されており、基本的構造は時代を超えてほぼ安定していた。とはいっても、「コンテンツ」が版として物質化されることで生産財となり、本として複製されて商品となり、販売され、読まれることで「社会」に共有されるまでのプロセスの時間・距離は、おそろしく長い。距離の長さはコストを意味した。本には重みがあり、一度に多くの本をを遠くに届けるにはまとまった費用が必要になる。費用と経済性がこれがメディアのあり方を規定した。この関係はほぼ20世紀いっぱいまで続いたのだが、何事にも終わりが来る。21世紀のコミュニケーションにおいて重要なことは、「ユーザー」との「エンゲージメント」なのだ。 (鎌田、08/31/2018)

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