フランスの文学賞をめぐる騒動

41aWhqNkiSL._SX326_BO1,204,203,200_秋は文学賞の季節だ。フランスではゴンクール賞に次ぐ権威を持つルノードー賞の候補計17作にアマゾンCreatespaceを利用した紙の自主出版作品(外見的にはアマゾンでしか販売していない)が選ばれたことに激高した一部の書店が、今年の賞の「ボイコット」まで呼びかけるなどして話題を提供している。

旧メディア・エコシステムの反抗

Prix Litteこの話は、5月のカンヌ映画祭からNetflixの「ネット映画」作品の出品を締め出した話と似ている。映画の場合は「フランスの映画館」で上映されていない作品は対象とならないというルールの改訂に伴って起き、ルノードー賞の場合は「フランスの書店で販売されていない」候補を締め出している側のフランスの独立系書店団体 (Syndicat de la librairie française)が問題にするというものだ。

事実関係を確認しておくと、作品 (BANDE de FRANCAIS, 27 avril 2018) はフランスとイスラエルの国籍を持つ作家 (Marco Koskas) が自ら出版し、編集・印刷サービスとしてアマゾンのCreatespaceを使った。印刷本としたのは書店およびオンラインで販売する目的だったと思われるが、おそらく書店での販売には成功していない。これは「著者個人に対する言論抑圧事件」に近いが、反アマゾン感情が強いフランスのメディアはそうした取り上げ方をするところはないようだ。せいぜい「勝ったのはアマゾン」と、あくまで書店対アマゾンしか問題にしたくないようだ。

ルノードー賞(Le Prix Théophraste Renaudot)は1926年に創設された文学賞で、フランス文学ファンにはよく知られており、セリーヌやル・クレジオなど邦訳作品も少なくない。17世紀のジャーナリスト(La Gazette発行人)ルノードーの名を冠したように、選考は文芸ジャーナリストの投票によってなされている。

「弱者」をけしかけるジャーナリズムの退廃

Théophraste Renaudot米国のブログなどからは嘲笑の対象となる「事件」だとは思うが、これは「映画賞」と「映画館」と同じく、「文学賞」と「書店」がそれぞれ何のためにあるのか問われているのだ。メディアの転換期に起きた文化/社会史的事件であり、こういう時こそフランス的明晰さ(「明晰でないものはフランス的でない」)を発揮した議論が聞きたいものだ。

フランスの書店商の過激な発言は、自分のメチエに対する自負の現れと考えるべきだろう。筆者は、「アマゾン対書店」という図式を繰り返すのみで「弱者」けしかける報道に終始するメディアの善意を疑っている。圧倒的に多数の顧客を有するアマゾンにはこう書くしかないと思っているのだろう。これはあまりに政治的ではないか。 (鎌田、09/13/2018)

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