Kindle以後ノート(17):「デパート」の盛衰

brent-572x415近世以来、出版は本屋とともに時代を映してきた。紙の本の不滅の繁栄を象徴してきた「デパート」型の本屋は、米国でも日本でも衰退の色を強めている。本と出版と書店という三位一体を成り立たせていた「紙と本」が分かれた現在、あるいは消費と娯楽が分かれた現在、歴史を振り返ってみるのも意味があるように思える。

格差性商品としての本

「本のデパート」という看板は、かつて日本の本屋でもしばしば見られた。概念を「イメージ」に置き換える日本人の思考には、多種多様多数の商品を置いて消費者の感覚を麻痺させるような空間を「デバート」と称する自然に聞こえた。しかし、欧米では、商品が客を選ぶ「格差型商品」である書籍を扱う書店には、格式を前面に出した高級専門店はあっても「デバート」に対応する店はなかなか生まれなかった。

4980740165_9789906d191980年代の米国で、Barnes & Nobleが大都市の中心や郊外都市に次々と「デバート」型大店舗を開設あるいは買収して500を超えたのは、米国人やヨーロッパ人にとっても驚きだったようだ。複数の分野の、価格・品質が一定以上の商品を扱う専門店を統一的に運営する「デバート」が歴史に初めて登場したのは19世紀後半の西欧都市だが、格差社会における高級品・富裕層を対象としていた。これを大衆社会の大量流通商品・中流市民に転換/展開したのが20世紀の米国型デパートだ。日本では生鮮食料品まで扱って「総中流」意識に訴えたのも周知のとおり。デパートは消費における時代と社会を反映した。

大衆社会の成立と米国型デパート

米国における「本のデパート」の出現には、1960年代以降顕著になっていた大量流通商品としての本(ベストセラー)の登場が背景にあった。コンテナがコンテンツを規定した例と言える。筆者もニューヨークのB&Nに入った時には、呆然として、何も考えずに本を籠に入れて歩いたものだ。そこにはそして米国の大衆消費社会は出版の大衆社会を生んだ。

closingしかし、B&Nのデパート化は、出版市場が停滞の色を強めていく中で生まれたもので、飽和市場における「大型化」「集中と独占」という側面を持っており、生態系の中で、B&NとBordersなどの大型チェーンが独立系書店を駆逐する傾向を伴っていた。大都市で繁栄を謳歌するかに見えた一方で、郊外の大型店では閑古鳥が鳴いていたのだ。CDやDVD、玩具や文具、コーヒーショップなど、商品・サービスを増やしても、採算の悪化は防げなかった。明らかに人々のライフスタイルと本という商品の販売のズレが拡大していた。売り場スペースを出版社にレンタルする、一般小売店の方法は、出版のブランド化を促進した。これは良くも悪くも「格差性」を重要な属性とする本という商品のイメージを損ない、人々をアマゾンの仮想書店へと誘ったと思われる。「本のデパート」は、現実のデパートと同じように衰退する運命にあった。

日本の「伝統」はどこへいくか

amazonbooks-280x150日本の書店は、江戸時代から、経書を扱う「本屋」と「絵草紙屋」という二本建ての伝統を持っていたが、活字印刷時代に再編されて今日の姿になった。その過程で西洋型書店が入り、大型チェーンも入ってすべて衰退を迎えている。繁栄を支えていた絵草紙(マンガ、雑誌)の衰退がエコシステム全体の崩壊に導いた歴史が繰り返されたのだ。 (鎌田、09/06/2018)

参考記事

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