出版とWeb:本誌10年目を迎えて

PAST, PRESENT and FUTURE

本誌は9月で満9歳になりました。1985年以来、紙のニューズレターを3種類、通算で10年ほど編集兼発行人をやっていたので、Webでもほぼ並んだことになります。情報技術と出版の転換期に、自分なりの観察と考えを公刊物として残せたことは誇りですが、それは「読者」とともに続けられたことで出版としての価値が生まれるからです。

仮想から現実へ、そして新しい現実

紙であれWebであれ、重要なことは、読者がいて、内容が言葉として共有されて価値となることは、紙よりもWebで知りました。1980年代後半から10年あまり発行していた会員制の『企業電子出版レポート』は、年間72,000円の購読料を頂いていましたが、つねに諸事(主に入稿・発送・支払)に追われる毎日でした。Webではほかのことを考える余裕があります。考えればテーマは尽きない。おかげでKindleの10年をほぼカバーして、何が起きたのかを振り返ることが出来ました。「電子書籍元年」とは何だったか、「ガラパゴスはなぜ淘汰されたか」、「なぜE-Readerは生き残れたか」、「紙の出版はどうなるのか」などの大きな疑問を、読者の皆さんと継続的に考えられたのは何より幸運でした。

最近、Webで何が変わったのかを問う中で、メディアとしてのWebを改めて「インターネット上に展開されたハイパーテキスト」として考えてみましたが、ハイパーテキストというコンセプト(1940年代)が、世にあまり理解されないままに、猛烈な勢いで普及し、世界を変えた事実とその理由と経緯を改めて「謎」として考えてみたいと思いつきました。「ハイパー」はアップルの「ハイパーカード」の実装・商品化で初めて一般の知るところとなり、「ボイジャー」などによってメディア・フォーマットとしても注目されたのですが、デスクトップとLANでは普及しませんでした。そして、バーナーズ-リーの「世界網」という「コロンブスの卵」的発明によってからのことは、誰もが「知って」いることです。

「世界」のほとんどあらゆるものがWebでつながることが視界に入った現在、改めてこのハイパーメディアを、あるいは「メディア化された世界」を考え直す必要があると思います。在来メディアは、この「メディアとしての現実」との距離をとれずにパニックに陥っています。今週取り上げた「新潮45」事件は、紙とWebとの現在を白日の下に晒しましたが、同業者をメディアでは語らない不文律で、公開の議論にはなっていません。

いまや、デジタルは仮想世界ではなく現実世界の存在であることが実証されました。画然と区別されるはずの物質世界と仮想世界は、Webによって混在するようになり、情報の移動距離、回数、サイズ、コストの関係で成立していたメディアの秩序は書き換えられています。多数に知られることの優位は、多数を知ることの優位に敗れる時代です。

10年目の本誌は、メディアの激動と出版の位置にフォーカスしたいと思います。E-Book2.0 Forumのリニューアルも含め、ご期待ください。 (鎌田、09/28/2018)

Print Friendly, PDF & Email
Send to Kindle
Pocket

Share

Speak Your Mind

*