ポリティカル「ノン・フィクション」の反文明

FBF2018は10月14日に全6日間の会期を終了した。Publishers Weeklyの3人のベテラン・ライターは「安定」という言葉で総括したが、この安定は、嵐の中の不思議なバランスによってもたらされた不思議な状態であって、ふつうの意味での「安定」ではない。そのことは、出版関係者の多くが意識している。

'Fear' がもたらした大ブーム

Fearたとえば、米国ではノン・フィクションの売上が爆発的な伸びを示したのに対し、フィクションは不振で、不安な世相をよそに成長を続けるオーディオブックが「安定」をもたらしていた。米国の現象は、トランプをめぐって「分裂状態」が続く政治をめぐる「情緒不安」の反映で、爆発的ヒットを記録したボブ・ウッドワードの 'Fear' (CBS系のSimon & Shuster社)にしても、これが調査報道の神様による「ノン・フィクション」とは信じられない、限りなく「フィクション」に近い政治的文書と思える。政治本の「ブーム」は、ウォーターゲート事件 (1972-74)の「栄光を」の再現を夢見る大出版社に勝利をもたらす 'Make Papers Great Again' (MPGA) となるだろうか。

メディア・ビジネスは、2016年の大統領選挙とともに、自ら炎上することなく油で儲けるというリスク・オンに踏み切った。出版は新聞や放送に協力する形で参戦し、選挙で「活躍」したSNSを蹴散らすように紙と電波の重量級を並べた。紙と電波という「公共性=信頼性」、つまりインターネット以前に確立されている資産で勝負するのは、プライバシー問題で深手を負ったデジタルを圧倒しようという意図からと思われる。ここでも「政治」とビジネスが一体化している。興味深いことに、ジェフ・ベゾス氏はワシントン・ポスト紙のオーナーとして、背水の陣を敷いた旧メディアを支援する微妙な立場だ。

グーテンベルク本の最悪の事例

trump_deal戦争と政治が一体化している米国では、出版も「敵に勝つ」ことがすべて」という没社会的な勢力に巻き込まれやすい。有力新聞などメディア業界は「反トランプ」に加担し、「言論」によって大統領を失脚に追い込もうとしている。1974年以来の事態(大統領辞任)となれば「ジャーナリズム」と「出版」の勝利となることを信じて。しかし、政争の行方に関係なく「MPGA」は実現しないように思われる。なぜなら、社会の分裂はいっそう深刻化し、メディアは威信と信頼を取り戻せると思えないからだ。プライバシーと政治をビジネスとの関連づけで墓穴を掘ったSNSビジネスと同様に、社会を分裂させれば「紙」が祝福されることもない。これは文明の敗北だ。

グーテンベルクの技術は、社会の主導的技術とともに、勝者(権力)と結びつくことで発展してきた。「知は力」であった。最近までは。いま「知」とは何か、「力」とは何かは明確ではない。そうしたものへの懐疑が広がっているのだ。大統領が不道徳で低能で外国のスパイであると断罪することは、誰かの「力」にはなるだろうが、健全な常識からみて、読者のためになるには十分な立証が必要だ。しかし、'Fear'はそれをやっていないし、そのためには印刷本という形式は適していない。しかし「恐怖」を煽ることは出来る。結局、出版を戦争と権力政治に利用することは、互いを「悪魔」と断罪して文明を破壊する戦争を始めた「近代」を再現することにしかならない。理を尽くさない反文明的な出版はテロリズムと変わらず、誰が勝とうと文明の敗北で終わる。 (鎌田、10/18/2018)

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