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synopticいま出版は、誰が見ても病的な状態にある。出版だけではない。社会が病気で、それはかつての「先進工業国」に共通した現象でもある。現在と将来の「生活」に不安を持ち、それまでに得た「自信」を失い、つまりは「意味=価値」が揺らいでいる。本来、社会を見つめる視点を提供し、病気を治す知恵をもたらす、生きる力を取り戻すはずだが、その医者が病気なのだ。

転換期のコミュニケーション障害=出版の危機

weather_map者は過去30年以上、コミュニケーションを発展させるためのデジタル(数値化)技術に関心を持ち、さまざまな仕事をしてきたのだが、出版の高度化はその中心にあった。その現状を憂慮し、焦燥感すら抱いているのは、テクノロジーの進化と出版ビジネスが調和と連携を欠いて衰弱し、そして最も重要な機能を果たせていないことだ。社会はコミュニケーションによってできており、言葉(名)と対象(実)とそれら両者の関係 (意味)の乱れが問題を引き起こすことは、孔子が「名正しからざれば即ち言順わず」(論語・子路13)と喝破した通りだ。

これらは対象世界(例えば「本」と「出版」という概念を捉える前提・枠組み)が変化したことから生じたことで、現に起きているような意味をめぐる社会的混乱と共有障害はその代表的事例と言える。それまでの「常識」が失われ、「価値」の対立が生じやすく、共通する問題への対応は困難になる。「紙かデジタルか」や「本の価格」をめぐる対立などは、前提とする技術や、読者、市場をめぐる新旧の価値観の対立を反映している。

一方は過去に存在した現実と社会を潤してきた価値、他方は新しく形成されつつある現実と過去の制約を超えたことで実現される価値を前提としている。デジタルによる変化を拒否するかどうかという選択は成り立たず、デジタルの賢明な利用による転換を成功させることが出来なければ、失敗となるだろう。

共観:分裂した世界を修復するコンテクスト

価値の対立は、時間とともに解消されることはむしろ少ない。建設的な議論によって矛盾が止揚され、和解と協力が生まれるか、断絶と破壊によって文化的・社会的な損失が残るかが問題となる。本をめぐる環境の変化は、写本や木版印刷や活字印刷など、どれも犠牲を伴った。15-6世紀の西欧、19世紀の日本は文化的、社会的に数々のディスラプト、光と影を生んでいる。われわれがいまなすべきことは、幸か不幸か、われわれの世代で迎えることになった、新しい社会/市場環境への「引っ越し」という難しい事業を、ともに進めていく方法を考えたいと思う。

筆者は、大小の「システム」問題を解決するコミュニケーションについて取り組んだことがあるが、背景の異なるコミュニティの間の情報の共有には、基本的には以下の3点が重要になる。そして相互に信頼できるようになるには、共有レベルを時間的に(タイムラインの沿って)深化させていくことを考えなくてはならない。

  • 議論(判断)のレベル(価値→目標→方法→手段→プロセス)を合わせる
  • 様々な位相・階層。脈絡(5W)に対して最適化する
  • 共有レベルを深化させる(記録、記憶、体験)

「出版とデジタル」の関係が生じてからすでに40年あまりになった。Web(1995)は23年、Kindleは10年だ。半世紀あまりの間にわれわれが見てきたことは、とてもまとめられないだろうが、多くの人が、それぞれの立場から、とくに印象に残り、人と共有したいことを記述し(それらは「自分史とも呼ばれる)、それらを総合するという方法でならば可能なはずだ。いま、バラバラになりかけている「世界」を修復する手段として「共観」(synoptic) のためのメディアをWeb上に構築してみようと思う (鎌田、10/16/2018)

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