「出版社」は復活するか

B&N_floor出版は秋冬に活性化する産業のはずだが、米国出版界は日本に続いていよいよ萎縮症状が顕著になってきた。週間データ(NPD BookScan)でみる印刷本の発売部数は、前年同期比で5.3%減。大家の作品が並ぶリストを見る限り、衰退を感じさせるものはないのだが、読書家によると「表紙を付け替えただけの旧作が多く、新鮮さがない」という。

米国在来出版の凋落

大出版社のカタログが、大家やベテランに偏ってきたことは以前にもお伝えした。それは保守的な読者は満足させても、著者、テーマ、人物、文体などに新鮮さを求める読者は満足させないだろうことは理解できる。かつては、出版社が一定の比率で「挑戦的」なタイトルを加えたものだったが、返本・売残りが採算を悪化させる印刷本を偏重している弊害として、著者が「インディーズ」に活路を見出した結果、インディーズ出版が活況を呈し、それがE-Book→P-Book→A-Bookとフォーマットを拡大していった結果である。

writers3<デジタル→印刷→音声>という流れは、著者にとっての合理的選択であっただけでなく、消費者にとっての合理的選択であることが証明されたことになる。出版社は消費/読書行動を無視して、自らの都合でフォーマットと価格を押し付けているという形だが、結果として出版社にも読者にも相対的にリスク(冒険)が大きいタイトルが、アマゾンKDPやKindle Unlimitedに流れることになる。短期的には問題はないが、かつての個性ある出版社の大半が大出版社傘下の「ブランド」となり、話題性は「トランプ」に頼るような現状が固定化すれば、著者も読者も出版社ではなく、新旧のライターに求めるようになるのは当然の成り行きだろう。

文化的ヘゲモニーの剥落

KDPは巨大化し、アマゾン出版も「ビッグファイブ」のレベルに達した。それはすべて市場に最適化し、伝統的な三角形の外にエコシステムを求めたためだ。

出版には過去と未来をつなぐ重要な機能がある。むしろ、その中にこそ仮想的な<現在>があり、それを提示・共有する文化的ヘゲモニー(文化的覇権)を出版社は有してきたのだ。出版社がただのビジネスであろうとするなら、アマゾンがそれを100倍もうまくやるだけのことだろう。現在の出版社の文化的ヘゲモニーは、アマゾンよりはるかに劣る。それは新しい価値を発見し紹介する力が衰えているからだ。時代が、いま共有(出版)すべき価値を求めているのに、新しいものを除外するのでは、機能が退化するほかはない。

1970年代を最後にして、米国出版界は退化を始めた。それは「選択と集中」で合理化を進め、メディアとしてのミッションより利益を優先させる体質が固定化したからだ。Webによる地球の「磁極の逆転」のような現象が起きたのは、その時である。出版社が「出版」社として生きる方法を見つけ出す時だろう。難しいことではない。  (鎌田、11/29/2018)

参考記事

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