橋口・和本論を読む:(1)本・出版・読者という「関係」

鶏と卵とどちらが先か」ではないが、「本屋と本とはどちらが先か」という話はどうだろう。本とは何か、の答に直結する疑問に、筆者は橋口侯之介さんの『江戸の古本屋: 近世書肆のしごと』がどう答えてくれるかに関心があった。近世日本書籍・出版史とも言うべき本書は、本からではなく、歴史的に存在した「本屋」の仕事から丹念に考察し、「本屋は基本的に古本屋」である、と結論している(風月庄左衛門の『日暦』)。

本、本屋、読者は同時に(システムとして)生まれた

江戸の古本屋: 近世書肆のしごと「本」を売る「本屋」がいて、それを贖う「読者」との関係が成立して、それぞれが「出現」するわけで、三者は循環参照の関係にある。本、本屋、読者は同時に成立し、商品=取引が定常的に成り立つためには「本」屋が登場なければならなかった。新古を問わず、「本屋」が販売するものが本であり、商品としての標準・規格・規範を制定したのも本屋である道理である。出版は本屋が商品を揃えるために始めたことが理解できる。読者の手に渡って転売(あるいは買い戻)されることで、本の新しいサイクルが始まる。著者は「読者」の中から生まれる存在なので、本屋こそが出版のサイクルの原動力にして、出版コミュニティの主宰者と言ってよいだろう。

和本では<古本屋→本屋>と発展し、版元や貸本を兼ねる形で発展していったわけで、新刊を古書 (used books)から分けるのは「出版」屋が独立した近代(活字出版)以降のことだ。新刊と未使用本を扱う新書店は、出版社としての持続性の必要に対応して生まれた。「書店と本とどちらが先か」という問いについて言えば、江戸の出版では「本屋」から本に関するすべてが生まれ、活字出版以降は印刷屋から生まれたということになる。橋口氏は筆者のような単純・性急な結論が導かれるのを制して、商品としての書物の仕上を担った経師の役割に1章を割いている。ヨーロッパでは印刷所、出版社、大学(学会)が近世以来の関係をいまも維持している。

社会的・経済的システムとして繁栄、没落

和本の装幀職人にあたる経師は、奈良時代の写経に遡る(官人)としての由緒を持っているが、本書では、近世以前の出版関係者が装幀を中心に流通にも関わり、とくに初期の江戸の出版において重要な役割を担っていたことが明らかにされている。これはとても重要な発見で、写経コミュニティ(僧侶と檀信徒など)が古代以来のオーディエンスとして出版の継続性を保っていたことを証明したと思われる。それによって写字僧や校正者、経師などの制作者集団と読者(依頼者、僧侶)の対称的存在が浮かび上がったことになる。それは商品としての本が成立する以前に、「著者・監修者・読者」があったこと、また制作時の人と人との関係が断絶して、価格が付いた市場での商品として独立したということを意味している。

装幀は所有者の注文でつくられるもので、「読者」と本との関係を反映している。システムとしての「本屋」が成立する以前、顧客(市場)を知る経師が販売(価格形成)に関わったのは自然かもしれない。本という「真正」を問われる書店には「信用」「顧客」「専門性」(のお墨付)が必要だった。本屋は近世以前の本を現代につなぐ存在で、おそらくは未来につなぐ存在である。本は「本屋」を母とし、無数のクリエイターを父とし、読者を子として生まれる。「本屋」は本の大地であり、出版から行商まで、必要なことは何でもやった。木版本は手書き写本をもとに発展したもので、工場制手工業を組織し、2世紀あまりをかけて出版の表現力と生産力を最大化した。そしてその爛熟と繁栄のピークで、外部的要因によって崩壊した。

伝統的社会と一体となった、知識と価値、共感の文化体系である「本屋と本と読者」は、経済・社会システムが変わった時に、システムとして解体され、新しいシステムのもとで再構成された。それは平和的移行というより、文化的・社会的断絶(ディスラプト)を挟むものとなる。終章に置かれた「明治二十年問題」は、今日的に考えてとても重い内容だが、出版におけるディスラプトがどのようにして進行するのかを淡々と述べている。 (鎌田、12/25/2018)

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