「Webメディア」ノート(2): 雑誌ビジネス

印刷(版)をベースにした(複製)ビジネスモデルは、あまりに万能なものだったので、出版だけでなく、印刷物を必要とする近代の多くのビジネス(新聞、書籍、広告、教育、音楽、各種情報サービス)に普及していた。その結果、関係者の間においても、そのビジネスがどのように「コンテンツ」に関係しているのかについて、明確にわからない状態が続いたように思われる。

印刷はもはや「ハブ」として機能しない

印刷は、制作・販売・利用のすべての面でハブ(結節点)であったが、このシステムを別々の業界が調和的に動かしていたという点でも理想的だった。代替が見つからないのも無理はないが、Webはすべてに対して代替となった。つまりこれをフルに利用できたものが勝者となるわけだ。メディアの場合は、最も強力な「中心」が最大のダメージを受けたために、再構築が遅れた。逆にアマゾンは最も旧く、分散的な「本」から手を付け、放送を後に回した。多種多様な「印刷メディア」は、いまだにWebでの戦略を完了できず、前時代の償却も終わっていない。逆に言えば、まだ機会は豊富にあるわけだ。これは筆者も予想していなかった。

その昔の「紙芝居」は、「貸元」と「画劇作家」「演じ手」「駄菓子売り」などの人々で続けられていたようだが、クリエイターもパフォーマーも飴の販売などに頼るキャッシュフローでは、コンテンツ・ビジネスとはほど遠いものだった。しかし、「食品販売」と「広告宣伝」「代金決済」が「コンテンツ」を支えていたことは確かだ。ビジネスモデルの再構築は、人々とコンテンツとのつながりにあるのであって、そこにビジネスが生まれるのだ。もはや印刷は「ハブ」ではなく、スポークの一つだ。新しい「ハブ」はWeb上のバーチャルとしてデザインするしかない。

「雑誌」というバーチャルの強さ

最近、フランスの出版社がオリジナルの「カミシバイ」作品を販売していることを知り、1世紀以上前の日本の「画劇体験」が継承されていることを知って感心した。紙芝居は、出版が商業的に成立しない空間での創作表現の「ビジネスモデル」がどのようなものであったかを示していた。飴であれ、紙であれ、広告であれ、おカネに結びつく機会なら何でもよかったわけだ。紙であれ、デジタルであれ、「カミシバイ」は体験として生きるだろう。

近代がもたらした印刷は、「メディアの革命」をもたらしたが、なかでも「雑誌」ほど魅力的なものはなかったと思われる。定期刊行の雑誌は、社会の「話題」を横断していたからだ。商業出版のほかに、「学術」「教育」「経済」「行政」「法律」などの専門分野の出版があり、それらがすべて様々な種類の雑誌を必要としていた。とくにB2Bと呼ばれるコミュニケーション分野は、展示会によるほかは雑誌(出版+広告)として回転していた。「雑誌」の価値は、以下のようなコミュニケーション空間を支えているところにある。

(1) 継続性/一貫性
(2) 専門家と各種ステークホルダー、キュレーターとオーディエンス
(3) 公共的言論空間
(4) 情報の評価、注目度、普及度の共有

これらの継ぎ目が欠けたら、それはデータ/ノードの欠落を意味して、なんらかの文化的損失を意味するだろう。分からない人には分からないが、分かる人には損失が分かる。社会(ものごと)は、「共有される価値」の多様性(大きさ)でスケールが決まる部分がある。 (鎌田、03/29/2019)

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