Web時代の「本・読者・著者」(5): 新しい関係

Kindleの登場は、出版の歴史をそれ以前と以後に分けるものではないか、と筆者は考えている。それはWeb時代の「本・読者・著者」の新しい関係を提案し、商業的に成功することによって「出版」のビジネスモデルを創造しつつあるからだ。

グーテンベルクは可動活字で「複製」の概念を再発明した。Kindleは小型の専用コンピュータで読む「本」などではなかった。それはグーテンベルクが再発明した近代の「出版」システムを、そっくり、Web上にバーチャル(実効)なものとして再発明したのだ。

筆者は前著のKindle以後10年 (Book1)『Kindleの十大発明』において、Kindleが何を意図したものであるかを発見しようとつとめ、アマゾンが考えた「バーチャル(実効)な出版」を、10年のビジネスとサービスとデバイスなどの展開を通じて明らかにした。*「バーチャル」については後述

これは史上最大規模の「人工システム」で、ピラミッドやラジオ放送や新幹線のような、ゼロから構想され、時間をかけて構築されたものだ。なぜ「丸ごとつくり直す」アプローチをとったのか。筆者はその理由をこう考えた。

  • 既存の出版システム(制作・流通・販売)は、歴史的に閉鎖系を構成しており、柔軟性を許容する余地が乏しい。商品や販売方法などを部分的に導入しても機能しない。
  • 本は、人類の活動とともに、文化から産業を含む社会システムの一部として、その鼓動とともに生きて機能してきた、いわば血液にあたる知識・体験・生命力を頭脳に運ぶ「心臓」だった。
  • グーテンベルク以来の心臓は、世界の新しい現実(情報の速度と密度)に適合できず、機能を低下させていた。Webは新しい「心臓」を提供しようとしていた。
  • 心臓の移植、交換は巨大なリスクを伴う。拒絶反応はその代表的なものである。グーテンベルク出版が社会に何をもたらしたかは、世界史で学ぶことが出来る。

アマゾンが実際にそれを、どこまで考えていたかは分かっていない。「ユーザー第一」しか言わないこの企業は寡黙だからだ。10年の観察と研究の末、筆者は、オンライン書店として創業し、世界最大の小売帝国を築いた秘密が、「本とその再構築」にあることを知ったと考えている。簡単な儲けとは程遠い「本」のどこにそんな力があるか。それは社会の血液として存在する「読者・著者・本」の生命力であると思われる。

アマゾンの「バーチャルな出版」は、基本的にWebという新しいコミュニケーション環境と整合しており、人工システムとしての違和感は非常に少ない。確立した移植医療をみているかのようで、問題を「想定の範囲」に収め、さらに改善に結びつけている。それは以下のような点に見られているが、総じてそこにはディスラプトはない。可能な限り旧出版をそのまま維持しようとしているように見える。それはバーチャル出版のデザイン自体に、最初からそうした機能の余地を組込んでいないと工学的にもビジネス的にも可能ではない。

  • 印刷本を含め、過去の出版の遺産を再生産可能なものとして継承する。
  • 著者と読者の創造的なコミュニケーションを支援する。
  • バーチャルな「新しい出版」を、注意深く、慎重に導入する。
  • ユーザーとのコミュニケーションの方法 (UI/UX)と技術と哲学を明確にしている。

そうした経緯は近著『Web時代のブックビジネス ー 本/著者/読者に何が始まったか』で明らかにした。Kindle以後10年シリーズの1「Web時代の出版とKindle十大発明」、2「歴史としての本/著者/読者」(=本書)、3「新しい出版」(今夏出版予定)と続く流れである。これは、E-Book2.0 Forumでも議論していきたいと思う。

*(1) バーチャル:実効の。リアルとして定義され、リアルに機能するもの、実質と同等な実効性を意味するもの。専門家も警告するように"仮想"の意味はなく、あてられた日本語には注意を要する。バーチャライゼーション(virtualization)は、言語で厳密に(数学で)定義した「リアル」なシステム。数学/コンピュータの世界で使われていた用語が、ITとともにビジネスや生活に普及してきた。なお中国語でバーチャルは「虚擬」。深圳市(シンセン)にある虚擬大学 (Virtual University, VU)は、1999年に設立された33の国家級大学が参画する「大学連合」で、オンラインとオフラインにまたがって存在(=実効)している。

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