米国AAP(出版社協会)によれば、米国の大学生の教材 (course materials)市場は5年連続で低下し、ついに19年の秋学期(=米国の学期前期)の平均単価は、23%ダウンの205ドルにまで下落した。これは「出版の構造変動」とか「米国教育の崩壊」といったところまで、原因を考えるべき問題である。ここでは、それらを意識しながら、簡単なほうから片づけていきたい。
教育(社会)と出版(産業)のデジタル転換
この2つに関係がないわけはない、教育と出版、社会と産業は、うまくいっている時は一緒で、互いを立直らせることもできる。逆の時は互いに助けられない。現在の米国の危機は、最も成功していた「情報とメディア=コミュニケーション」で起きただけに、旧中国のような難しさがあるのだが、それは危機が認めがたく、責任を転嫁しやすく、解決は容易に見えるからだ(要はおカネの問題?!)。しかし、そう考えるほど解決はますます複雑となることを歴史が示している。
カレッジストアを情報源とするStudent Watchや Student Monitorによれば、一人当たりの教材費支出は年平均で29%減少している。2014-15年の学期の691ドルから、2018-19年の学期には492ドルと減少し、春の学期の前年比較では281ドルから239ドルの15%減となっている。これまで紙の本への選好が強かった4年制大学生も、紙+デジタルへと変わり、要するに合理的な選択ということだ。
4年制大学100校の学部生を対象とした詳細な標本調査(インタビュー)では、減少は35%で、出版のビジネスモデルに関わることを示している。少なくとも、伝統的な紙の教科書の事業は将来が暗いといえる。AAPによれば、「学生たちは新しい、コスト効果が高い選択肢を必要とし、それらは出版者から提供されるようになっている。Inclusive Accessなどのパッケージ化されたサービスやオンラインの定額制サービスである。」ということになる。
教育(出版)は社会との関係から逃げられない
Publishing Perspectives (12/12/2019)のポーター・アンダーソン編集長は、市場の縮小と、決して安いとは言えない出版社のオンライン・パッケージが、センゲージ(Cengage)、マグロウヒル(McGraw-Hill Education)合併(2020年度末を予定し、当局の承認待ち)を先取りするように普及することはあり得ないと考えている。市場の縮小は、その他の要因の結果である可能性が強い。出版の一方の支柱である教育・学術出版のデジタル化は、10年以上前から予想されながら、「なし崩し」的な結末を迎えそうだ。
毎年1000ドルを本に費やしていた学生は、学期とともに無価値となる教材を、毎月100ドルの「定額教材セット」利用料金として支払うことになる。問題は、出版社とコンテンツ(タイトル)、書店、サービス・プロバイダ(問題集、副読本など)との調整だろう。教科書のオンライン化にはまだルールが何もないし、独禁法のガイドラインも未整備と思われる。来年前半までに合意ができないと、大きな問題になる。
出版において「教科書」は最も重い部類に属する。「知識情報」のコミュニケーションであり、一部の著者や出版社は、長期にわたって莫大な収益を上げるが、時とともに無効が宣言されるタイトルが少なくない。デジタル時代は「教科書」の規範的価値が問われる。問われるものがない本、問い直さない授業は無意味となっているが、そうした出版や教育はあまり聞かない。Webとデジタルによって、それらの意味は変わっているのだ。◆ (鎌田、12/17/2019)
参考記事
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AAP: US Student Spending on College Materials Down 23 Percent in Fall Semester, by Porter Anderson, Publishing Perspectives, 21/12/2019
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How Professors Help Rip Off Students: Textbooks are too expensive., By Tim Wu, New York Times, 12/11/2019
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Industry Notes: AAP Flags Declining US Student Spending on Textbooks, by Porter Anderson, Publishing Perspectives, 09/12/2019
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Student spending on textbooks has dropped 35%, By Michael Kozlowski, Good eReader, 09/21/2019