Web以前、あるいはアマゾン以前のデジタルには様々なアイデアを容れる余地があったと思う。出版と読者がデジタル(デバイスの仕様とフォーマット)を決め、デジタル・ブックの実験を始めたならば…ということだ。しかし、非対称な出版界からはそうした動きは出ず、結局バーナーズ=リー (CERN)とアマゾンを待つことになったが、BookBeatはまったく別の発想をした。
「非伝統的」アプローチ
出版において「マーチャンダイズ」という発想がなかったわけではないが、それを意識する人は少ない。コンテンツやフォーマット、ビジネスモデルなどと、本を自在に扱うことを嫌うのは、デジタル以前の常識であり、あらゆる意味で自明ではなくなった「現代」でも変わらなかったのは、本を中心にした場合のビジネスの範囲があまりにも狭く、けっきょく昔ながらの「版の複製」から出れなかったためである。Webの登場にいまだに戸惑うことが多いのは、あるいはWeb以後の出版はマーチャンダイズから始まると言ってよいと思う。モノ/コトの両面から「本」を多面的に考えるには、それに関わるヒト/社会(つまり時代、状況)を知らなければならない。500年の「紙と印刷」との結びつきは、ひとつの歴史的背景でしかない。
欧州の大出版社であるスウェ―デンのボニエ社が社内にプロジェクト・チームを立上げ、独自の「デジタル出版」を模索しているという話は聞こえていたが、情報は少なく、関心がオーディオブックに向いているという程度しか知らなかった。しかし、彼らは物理的な本と書店で成立つ伝統的発想を避け、むしろ消費者/読者との接点としての「サブスク」と「Web決済」の探求に向かっていた。どうすれば出版は儲かるか、本は読まれるかという伝統的問題に対して、デジタルな「非伝統的回答」を考案したのだ。
本はなぜ「売れなくなった」のか?
機械式印刷・製本というグーテンベルクの魔法を手にした近代の出版は、都市や教育、大量消費など、その後の社会の拡大とともに成長を続け、非対称性の頂点としての地位を疑わなかった。だからこそ、マーケティングやマーチャンダイジングという米国的発想からは最も遠いところにいたのだ。
デジタルは出版コストを下げ、Webは「天地」を逆さまにして、あらゆる方向から多種多様な本を市場に供給するようになった。しかしそれを扱う業界は潤っていないという認識が社会に広がり、実際に利益率は低下して、出版物としての継続が危ぶまれ始めてから20年以上にもなる。
この問題は、デジタルと出版量の増加で緩和されたかに見えたが、Webが「脅威」として登場し、テクノロジーと資本を持ったアマゾンが具体的なものを示してからは、出版界には絶望感が広がっている。本は売れなくなった。いや儲からなくなったのではないか、という「群盲部象」の議論は、欧米でも日本でも続いたが、噛み合わなかったのは、社会がどう変わっているかという共通認識を持ってなかったためだった。BookBeatは、明快な答えを持ち、「サブスク」の鍵であるデータ・マーケティングを手にした、と筆者は考えている。(→つづく)