6月1日、米国出版社協会(AAP)所属の大手出版社4社が、サンフランシスコのNPO インターネット・アーカイブ (Internet Archive: IA)を相手取って著作権侵害でニューヨーク連邦地裁に提訴した。IAの2つのオンライン図書館プロジェクトである“Open Library (OL)” および “National Emergency Library (NEL)”の事業が、違法だというものだ。
「接触」読書の緊急事態とIAの仕掛け
2012-3年ごろの日本では、地震復興事業として「コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ)」なるものが企画されたことがある。IAは、「緊急時」に乗じてWeb図書館を普及させようとNELを考案した。実際に、公共・学術図書館は「接触」サービスを停止しており、学生をはじめとして緊急ニーズと「大義」がある。AAPの訴訟は、IAの事業の普及の肩代わりになる可能性は強い。
この訴訟が注目されたのは、これらが「いまさら?」「いまごろ?」に属するものだからだろう。裁判所に出せば法的判断が示されるが、被告勝訴となれば同種の権利が確定し、原告勝訴となってもさらに長引くことも予想されるので、訴えによる現実的利益が乏しいためである。IAの創立者ブリュースター・カール氏は、頭脳明晰、理想主義者、しかも資産という、出版社の法務担当者が最も苦手とするタイプで、敗訴リスクが少なくない。
そんな訴訟に訴えた理由として考えられるのは、これまで放置してきたOLのほうに加えて、コロナ禍を背景にIAが3月に始めた「国家緊急時図書館(NEL)」があるためと思われる。つまり、一定の実損が生じる可能性があり、被告側の準備も不十分で、相対的に勝訴の可能性がある。原告法務側にも強い動機が働くだろう(負ければクビ?)。
それに、IA側が合法性/正当性を前面に掲げ、無制限貸出しを開始したことがNELに反対する作家を刺激しており、出版社として放置できなくなっている可能性もある。IAのOL/NELディレクターのクリス・フリーランド氏は、コロナ禍での緊急性/公共性を強く主張しており、その議論は説得力がある。
「制限的電子貸出」の説得力
NELは、教育・研究機関/用途での利用に供するべく、集められた図書・文献をスキャンした貸出しライブラリで、いわば学術図書館であり、公共図書館が閉鎖されている状況では大きな説得力がある。IAはこのために "Controlled Digital Lending” (CDL) という「制限付電子貸出」という革新的法理を、版権者の権利を侵害しない著作権法上の例外として提唱している。
CDLについて、筆者はまだ詳細を検討していないが、すでに3年あまりの実績がある Open Libraryをベースに、一気に利用を拡大することを狙っているものとみられ、4社の提訴は期待通りの訴訟、パブリックコメントなどへと進むことになろう。
ハーパー・コリンズ、アシェット、ワイリー、ペンギン・ランダムハウスの4社は、CDLの適用領域をさらに制限させることなどで、IAの意図を挫こうとするだろう。しかし、IAのような電子貸出サービスが次第に一般化してくることは当然で、OL/NELは合法コンテンツとなり、出版社も賢明(巧妙)なデジタル化戦略に転換するものと思われる。コロナは劇的な方法で「接触読書」の時代を閉じたのである。◆ (鎌田、06/04/2020)
参考記事
- Four Publishers File Suit Over Internet Archive’s Pirate Site, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 06/01/2020
- Authors Protest Internet Archive Pirating Their Books, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 03/28/2020
- National Emergency Library FAQs, 03/24/2020, Internet Archive
- Announcing a National Emergency Library to Provide Digitized Books to Students and the Public, 03/24/2020, Internet Archive