本誌は今週、記念すべき11周年(丸10年)を迎えた。大抵のことは予想の範囲内だったが予想を大きく外れたのは、前代のグーテンベルク出版の運命が決まらず、それに引きずられてE-Bookの状態も見えなくなったことだった。しかし、「コロナ」という偶然は、長びきそうな「擬制出版」に終焉を告げたようだ。[♥=会員記事、特別公開9/30まで]
設計され、計算された「Web/AI革命」
この言葉は実体としてはデジタル、擬制としてグーテンベルクという「ねじれ状態」が出版を窒息させようとしている現実を示すものとして、「戦後社会」生まれの筆者が思いついたものだが、これは「不吉」なので使わないできた。「コロナ」という災害によってであれ、社会を担う「出版」に降りかかってきた「擬制」という不幸が終わり、Web出版時代を迎えられたことは、とりあえず悪くない。「王は死んだ、新王万歳!」ということだ。「E-Book 2.0」はこれから始まる。「活字」という偉大な遺産に足も頭も取られて、AIというパラダイムへの取り組みが止まっていたことを確認し、新しい時代を迎えなければならない。
振り返ってみれば、米国のデジタル出版は、2008年初頭から3年あまりで急成長を遂げ、2015年には、2010年代のデジタル化率50%超が確実視された。レコードや映画、デジタル、ゲームと同じように。それは自然なことで、売上の大半をデジタルで稼ぐビジネスモデルが描かれたのだが、本の場合は、書棚を持った専用販売店があり、デジタルを嫌ったことで出版社には選択がなかった。膨大な量のタイトルをストアで揃えるのは、出版社 (出版者)の他にはなく、それには10年以上必要とみられた。Googleは「図書館」というチャネルを構想したが、後でそれも近道にはならないことが判明する。
結局、本という商品に特別な価値を見出したアマゾンが「本から始める」コマースをモデル化するまでは、デジタル出版での競争は起きなかったし、在来出版社と自主出版者が徐々に、デジタルのテクノロジーとメディアとビジネスを学び、1世代以上かけて変わっていく以外の方法はなかった。20年も前から切歯扼腕してきた筆者もそう考えるようになっている。コンピュータ時代の本には巨大な可能性があるのに、いまだに印刷本の採算性で評価される時代が続いてしまったのだが、アマゾンが急がなかった理由は、Googleプロジェクトの遅延以外にもあり、たぶん軽くなかったのだろう。AIによるコミュニケーションと社会の混乱だ。
出版というエコシステム世界で、断絶を最小限に留めつつ、移行/再構築するためには、こうした生物学的、宇宙的モデルが必要で、アマゾンのアプローチは「惑星間移住」と比肩できるもので、コロナのような「異常」がもし起きなければ、もう10年を要しても、誰も驚かなかったし、アマゾンの回す時計はただもう少しゆったりしていただけの可能性は強い。アマゾン革命を嫌い、人為的な介入をアマゾン自身が計算した範囲に止めてきたのだ。
中国は機会を待たなかった
ベゾスの計算になかった要素は、中国社会主義モデルだけではなかったかと思う。これについては別に考えてみたいが、「中国」は21世紀の「ポスト・グーテンベルク革命」を完成させつつある。「グーテンベルク革命」については、20世紀においてほぼ研究され尽くしたと思われるが、18世紀で「グーテンベルク革命の敗者」となった中国については、出版技術から外れることが多いために遅れてきたと思われていた。とくに「中国語・漢字・出版」が引っかかっていたからだ。その問題は、20世紀末における「出版的復活」によって理解可能なところまできた。中国語と「英語+」をAIによって変換可能とする中国側の努力によって、表音文字/表意文字の断絶問題とともに解決されつつある。コンピュータとAIは、言語と教育の問題を一変させるものと思われる。
中国はアマゾンのモデルを巧みに取り入れたが、15世紀グーテンベルク革命に由来する「教育革命」的要素から米国の科学技術出版システムまでの社会基盤をWeb化することで、500年の遅れを一気に挽回した。これは真似だけでは出来ないものだ。だからこそ、中国は「教育=出版大国」に伍することができた。それだけでなく、4000年の文字文明を総括することで、その言語文明はAI時代に人類共有のものとなった。
20世紀は「活字中心主義」「言語帝国主義」の時代だった。しかし、中国の成功は、新しい多言語出版の可能性と必要性を開いているように思われる。すでに音声言語(オーディオブック)の発見は、新しい市場をグローバルに広げている。「消費帝国主義」はWeb/AI出版を背景としている。これは、19世紀資本主義の土台を残した出版で立ち止まった米国との差を広げている。資本主義が米国で止まるのは意外であったが、コロナと中国の衝撃によって変わるだろう。いずれにせよ、本のAI技術は米国にあり、そこで停止しない限り進化を続けるだろう。
Webによる出版革命は、タイプ→デジタル→版→E-Bookと直線的に進むことなく、言語、意味、コミュニケーション(知識、思考、教育…)と多面的、構造的な進化が始まったことで、筆者が30年前に考えたものとはまるで違ったものとなった。しかし、それはグーテンベルクのパラダイムの延長上にあり、正しい方向だろう。◆ (鎌田、09/18/2020)