『ハリー・ポッター』のJ.K. Rowling女史 (JKR) が、新作短編 'Ickabog’の構想を発表し、すぐにオンライン・ストーリーを更新し始めたのは、コロナ禍の影が世界を覆いつつあった頃だった。そしてクリスマスに合わせたように、この「政治的おとぎ話」の各バージョンはすでに出揃い、翻訳、オーディオ版も間もなく登場する。
「政治的おとぎ話」がオーディオブック化
本作のモチーフは「ハリー・ポッター」で使われた「死の秘宝」を膨らませたもので、下の娘が7-9歳時に書き貯めていたものという。ロックダウンと執筆再開に際して、ハイティーンに成長した娘たちと一晩語り合った体験を語っている。オーディオ版は『ポッター』シリーズでおなじみの俳優・兼作家スティーブン・フライが語りを務めている。お伽話に大人向け政治コメディまで混ぜることは英国の文芸的伝統(あるいは教育的・毒舌的伝統)でもあり、「パンデミック」はまたとない機会とインスピレーションをクリエイターたちに与えたと思われる。
フライ氏のナレーションは、作家にもハイレベルの刺激を与え「政治的お伽話」の完成にまたとない貢献をしたと思われる。デジタル(Web)出版は、多目的・多面的を可能とする。本作は、JKRが最初から版権を確保し、チャリティまでの「ビジネスモデル」を設計し、しかもコストと時間を無駄にせずにこれだけのプロジェクトをやってのけたことにおどろくが、もともと作家は文筆以外の才能を持ち合わせている場合が少なくない。JKRはその意味でもWeb時代の最大のクリエイターと言えるだろう。「貧乏作家」の経験すら無駄にしていないことが時に怨嗟の的にもなるが、そのプロフェッショナルな才能は、笑いにも毒にも自在に発揮されるので、隙は見せない。
JKRは、いずれ本格的研究の対象となるだろうが、もともと英国には個性的なストーリーテリングの伝統が絶えることがなく、パンデミックは英国文学と出版の成長に貢献している。日本の作家―読者もそうであってほしいものだ。なお、 'Ickabog’は、英語、伊語、独語のほか、西語、葡語、蘭語、中国簡体字、ロシア語などに訳されているが、残念ながら、まだ日本語にはなっていない。英国風の毒は現代にこそ必要なものだ。◆ (鎌田、11/16/2020)