21世紀の「世界=国家戦略」としての出版!? (♥)

中国は古代以来、ユニークな言語文化の伝統を持っている。「中国」という文明概念じたいが、出版を通して共有されたものと言っても過言ではない。世界的規模に達したブックフェアは、したがって、出版の市場的成長を見守る機会にとどまらない。21世紀に再生した「中国」文明の戦略を発見する機会でもある。幸か不幸か、隣にいるわれわれは遣唐使派遣以来の「世界」を見ている。[全文=♥会員] … [Read more...]

戦略ノート:(1)著者と出版社の戦略

出版(共有)に対して淘汰圧が働く21世紀の社会では、出版社も個人もアイデアやストーリーをじっくり温めることが困難になってきた。クリエイターほどそれを敏感に感じている。出版社はそのことに鈍感であったか、あるいはそう振舞おうとしてきた。大手ほどそうなる。しかし、そうしたスタイルは永久に通用しないのかもしれない。 … [Read more...]

E-Book価格戦争小史(4):Web出版

メディアはグーテンベルク以来の転換期にある。「版」はデジタル化に仮想化されて威光を失い、「私語」をソーシャルに共有できるWebコミュニケーションは、逆に在来「メディア」本来の仮想性を白日の下に晒して秩序は瓦解する。芸能、学校から国際関係まで、あらゆる「社会」に広がる「学級崩壊」状態は、すべてデジタル/Webから、ほんの20年あまりの間に起こった。 … [Read more...]

E-Book価格戦争小史(3):ビジネスモデル

E-Bookの商業化(物理的な「版+紙」に依らない出版)は、DTPの登場からおよそ20年をかけて、実現されてきたものである。「電子出版」「電子書籍」は様々な形で言われながら、ビジネスとして成立するためには、つねに何かが欠けていた。鶏と卵(循環参照)の関係にある「本・出版・読者」がデジタル環境で「自立・分散・協調」することが必要だったのだ。 … [Read more...]

E-Book価格戦争小史(2):「版」の膨張とその結末

本の価格は出版社にとって死活的な意味を持っていたが、メーカー(版元)と小売(書店)の問題としてだけ見ると歴史を見失う。本は社会的商品であり、市場では経済的価値だけが取引されるわけではない。社会には、つねに「表現者と生活者」つまり「著者と読者」がいた。デジタルとWebは、彼らを巻き込み、版の経済価値を減少させ、最終的に本の伝統的秩序を脱構築した。 … [Read more...]

印刷会社の「アマゾン戦略」(♥)

印刷ビジネスが21世紀にも安泰であることは、疑われていなかった。文字とグラフィックに関わるすべての技術はコントロールしていたはずだった。予想外だったのは、その技術が常識を超えた速度で紙を超え、ケーブルを超えて遍在するメディアとなったことだろう。[全文=♥読者] … [Read more...]

E-Book価格戦争小史(1):10年戦争

出版社が書店と協力して知恵を絞り、読者を開拓するという光景は久しく見ないものだった。これほど待望されたものはない。これが「休戦」ではなく「和解」であることを期待しつつ、これまでの「10戦戦争」を振返ってみたい。それは出版ビジネスが版をめぐって展開する者から別のものに変ったことを示していた。 … [Read more...]

Kindle以後ノート(21):E-Reader問題 (後)

Kindleの初代 (2007)はミニ・キーボードを、Nookの初代(2009)は、コントロール用のカラー・パネルを付けていた。どちらも今日見られないものだ。コストの割に実用性が低かったためと思われる。定着したのは最もシンプルな「スレート」だった。それでも印刷された冊子本と比べて劣るとされたのは「表紙」である。 … [Read more...]

Kindle以後ノート(20):E-Reader問題 (前) (♥)

モバイル・デバイスは、KindleやiPadに代表される「スレート」型で10年あまりを過ごしたが、画面解像度に頼った進化が限界に近づいたところで、「フォルダブル」が登場して局面が変わった。これはデスクトップにおける1990年前後の「ウィンドウ」と「オブジェクト指向」の登場に匹敵するものだと思われる。[全文=♥会員] … [Read more...]

「リアル・アマゾン」堂々完成 (♥)

“Amazon 4-Star” は、これまで「地道で慎重な実験」を繰り返したアマゾンが、初めて(失敗の許されない)トレンディ・スポットで自信を持って開店した店舗ということになる。この会社は失敗が少ないことで定評があるが、4-Starはこれまでの「アマゾンショップ」群の集大成でさらに奥があると感じさせる。[全文=♥会員] … [Read more...]

Kindle以後ノート(19):自由と制約

時に「固定レイアウト」という言葉に強い違和感を覚えることがある。そもそも文字とレイアウトとの堅固な関係を発見し、実体化するのが「出版」ではないかという、活字時代の旧い教義を思いだすからだ。出版においてレイアウトを相対化するには、別の「大義」とルール、スキルが必要になる。それが意識されないと、仕事は安定しない。 … [Read more...]

Kindle以後ノート(18):PoDの「デマンド」

アマゾンの「KDP Print」のサービスが(日本を除く)数ヵ国で開始され、この会社が一貫して目指してきた出版サプライチェーンのイノベーションが完成に近づいてきた。しかし、PoDの歴史は意外と長く、内容は千差万別だが、KDP Printはそれらと大きく異なる。重要なのはPoDにおける「デマンド」と実現されるビジネスモデルだ。 … [Read more...]

Kindle以後ノート(17):「デパート」の盛衰

近世以来、出版は本屋とともに時代を映してきた。紙の本の不滅の繁栄を象徴してきた「デパート」型の本屋は、米国でも日本でも衰退の色を強めている。本と出版と書店という三位一体を成り立たせていた「紙と本」が分かれた現在、あるいは消費と娯楽が分かれた現在、歴史を振り返ってみるのも意味があるように思える。 … [Read more...]

Kindle以後ノート (16):Wattpadの「ストーリー」

Wattpadというソーシャル空間から生まれたベストセラー、映画の世界的ヒットという事例は、21世紀の出版の典型的な形を示している。そこには大出版社が一定の役割を果たしたとしても、基本的にはアマチュアの「クリエイター」と数千万の「読者=ユーザー」がWebメディアを使って起こした「現象」だからだ。 … [Read more...]

Kindle以後ノート (15):デジタルのゴール

Kindle/KDPが、米国で「自主出版」の爆発的拡大をもたらした時、これこそデジタルの結果だと確信した。しかし、その意味は分からなかった。無数の「著者」が産み出す「出版物」の洪水。ゼロはいくら足しても掛けてもゼロ…のはずだ。この考えを改めたのは5年以上を経てからだった。ゼロはやはり偉大だ。 … [Read more...]

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